Orchestra "Do Svidanya"

おーけすとら・だすびだーにゃ ほーむぺーじ

ダスビの質問箱


はじめに・・・ 

ダスビダーニャの活動は、「音楽団体である前に、趣味の団体だ」というスタンスに立っています。趣味の活動である以上、団員各人が仕事や家庭といった他に優先しなければならないものを持っているし、生活の中でのオケ活動の位置づけ、ダスビの位置づけ、あるいは楽器の技術、音楽観…が各団員によってマチマチだというのが現実です。その現実を素直に受け入れないと、自分たちにとってオケ活動が負担になり、良い演奏ができないだけでなく、団体そのものの維持ができなくなります。

私たちアマチュアのオケマンは、時間的、物理的、経済的に大きな制約を受ける中、各自様々な工夫をして楽器の練習や楽曲の勉強をしております。特に「役員」と呼ばれる運営担当者たちは、さらにその合間を縫って煩雑で膨大な量の事務作業をこなしております。事務作業をするために、会社に気まずい思いをしながら有給休暇を取ったり、正月を返上したり、徹夜が続いたりすることも珍しくありません。

 舞台の上で演奏をしている2時間だけが私たちの姿ではないです。むしろ、舞台に上がるまで、そして、舞台を下りてからの長い長い時間が、“素”の私たちの姿だと思います。「趣味でオーケストラをやっている」というと、何か特別な教育を受けた人、特別な才能のある人、とにかく一般人とはちがう人…というイメージがあるかも知れませんが、全くそんなことはありません。どなたでも興味を惹かれるもの、余暇にリフレッシュできるもの(でも他人からは「なんでこんな大変なことをやってるんだろ?」と不可解に思われるもの)をお持ちだと思いますが、それが私たちにとってはオーケストラだったというだけのことなのです。

 ──とまえおきして、これまでにアンケートや問い合わせで頂いた御質問の中で、特に多いものについて、この場でお答えしようと思います。

目次

「オーケストラ・ダスビダーニャ」の団名の由来は?
ショスタコーヴィチの15の交響曲をひと通り演奏したら、次はどうするの?
5番、『森の歌』はいつ演奏するの?
ダスビの「選曲会議」ってどんな感じ?
コンサートを年2回に増やせない?
舞台配置図にある「アシスト」って何?
「替え楽器」ってなあに?
今「コール・ダスビダーニャ」の活動はどうなってるの?
楽譜はどうやって調達するの?他所にも貸してもらえるの?
特殊な打楽器の手配はどうやってるの?
指揮者はなぜ必要なの?
コンマスって何するひと?
曲目表記にこだわりがあるの?
売り切れた過去の演奏会のCDは再販しないの?
ダスビダーニャで、わたしも演奏したいんだけど・・・

Q.「オーケストラ・ダスビダーニャ」の団名の由来は?
A.「ダ スヴィダーニャ」はロシア語で「また会いましょう」という意味。元々は10年前に『レニングラード』を演奏するために結成されたいわゆる“一発オケ”でしたが、メンバー同士の、また、聴きに来て下さった方々との再会を願って名付けられました。…というのが表向きの由来ですが、実際は、居酒屋で「タコ7やりてぇな〜」「一発オケ作ってコンサート開いちゃうってか」「オーケストラ・ダスビダーニャ…なんちゃってな」「ヨシ、それで行こ」と、たまたま知ってたロシア語を出したら、オケの名前からコンサートの開催まで、全て酒の勢いで決まっちゃったのです(ついでに、トイレに中座して戻ってきた時には団長に就任してた)。なお、聞き慣れないロシア語の名前を付けたせいで、練習場の予約の電話口では、「段ボールのダ、寿司のス、ビールのビ…」と団体名を告げるのに苦労したあげく、練習場の入口には、「オーケストラ・タスピターニャ」(ちゃんと聞き取らんかい)、「オーケストラ・ダスラダーラ」(インドの修行僧か)、「オーケストラ・ダンボール」そんなオケあるかボケェ!)等々、いろんな似て非なる名前を掲げられてきました。 
(by だんちょー)
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Q.ショスタコーヴィチの15の交響曲をひと通り演奏したら、次はどうするの?
A.そもそも、ショスタコーヴィチの全交響曲を演奏するという目標は、“団としては”持っていません(団員が個人的にそういう目標を持ち、その立場から選曲会議で発言することはよくあります)。趣味の団体にとって、ショスタコ全交響曲制覇という長期的な大事業は、ノルマとして重圧になってしまうのです。そして、各団員の個人的事情、各曲の物理的条件、その時の団内での盛り上がり等々が複雑に絡み、“今やりたい曲”“今はできない曲”というのが現実に出てきます。そういう現実を無視して淡々と全交響曲を取り上げていこうとすると、今は十分に熱意を持って取り組めない曲を取り上げたり、消化試合的なコンサートを開いたりしなければならなくなります。同様の理由で、ショスタコーヴィチの曲しか演奏しないという決め事もありません。常に“今一番やりたい曲”を地道に演奏し続け、その結果として、いつしか「ダスビのショスタコ全集」という“夢”──目標やノルマではなく──が実現できれば素敵だ、というのが、十人十色の全ダスバーの最大共通項です。
 (by だんちょー)

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Q.5番、『森の歌』はいつ演奏するの?
A.前問でほぼお答えできていると思いますが、交響曲第5番については、音楽愛好家なら誰でも知っている曲なので、「さすがダスビの5番はちがう!」と言わせるだけの演奏をする自信がまだ無い、という理由もあります。「ダスビにとって、5番なんかバカらしくて演奏できないんじゃないか」という噂も聞きますが、決してそんなことはありません。5番も大変難しい曲だし、ショスタコーヴィチの交響曲の中でも15本の指に入る傑作だと思います(^o^)。一方、『森の歌』は、児童合唱が要求されていて、成人の混声合唱の編成以上に運営上の困難を伴う曲です。5番も『森の歌』も、毎年選曲会議でかなりの上位まで残りますが、いつもあと一歩の所で落選します(選曲会議では、『おふくろさん』や『先生』辺りをオーケストレーションし、交響組曲『“森”の歌』として演奏するのはどうかとの意見も出されたが、淡々と否決された)。興味のある方は、ぜひ選曲会議の見学にお越し下さい。 
(by だんちょー)

補足:次回演奏会では、第5番が選曲されました

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Q.ダスビの「選曲会議」ってどんな感じ?
A.ダスビの選曲会議の表記は「戦局会議」とされています。一生に一度できるかどうか判らない曲が候補に上がるため、出席者はみな真剣で、まさに“戦い”と言っても過言ではありません。毎年5月のメインプロの選定から始まり、全曲の決定は7月頃です。そこには、CDとスコアを手にした戦士たちが集います。そして戦場ではCDが唸りを上げ、戦闘が始まります(時として、選曲を忘れて浸ってしまい、休戦することもあります)。
 作曲家の名前はほとんど登場しません。いきなり「何番がいい」とかいう展開になります(局地戦なのです)。この段階で選曲時間は大幅に短縮されているハズなのですが、なぜか長期戦を強いられます。数々の戦術をもって2ヶ月間戦闘を繰り返しますが、最後には終結します。その暁には、決定された作品に敬意を払い、一本締めで華々しく締めくくられます。
 但し一旦戦いが終わったあとは、昨日の敵は今日の友よろしく、皆嬉々として練習に励むのが特徴です。そう、いずれにしても愛すべきショスタコだからです。その意味では選曲というより、今回は何番をやるかという“曲順”会議の色合いが濃いかもしれません。
 会議の基本方針は「やりたいときに、やりたい曲を!」ですが、実際ショスタコの作品以外に他の作曲家が取り上げられることは稀です。今回、7年ぶりに“他の作曲家”が取り上げられました(それでもやっとモソロフです)。…将来ブラームスが取り上げられたとき、貴方は聴きにいらっしゃいますか??(by いんぺく)

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Q.コンサートを年2回に増やせない?
A.たかがアマオケごときのコンサートに、こんなに嬉しい御要望は他にありません。が、やはり無理はできません。他のアマオケさんは年に2回、3回とコンサートを開いておられますが、実は、いろんな団体に掛け持ちで参加するというのが、今のアマオケ活動の実態なのです(中には、年に10回以上もコンサートに出演するというアマオケマンもいます)。そんなアマオケ界にあって、ダスビはオフ期間を長く取り、その間に各団員は他団や室内楽に参加したり、あるいはたっぷり骨休みしたりして、それから十分に時間をかけて準備をし、次のダスビシーズンに臨みます。年1回のペースを変えることはできませんが、その代わり、その1回の本番に全てを懸けて最高の演奏を目指します。(by だんちょー)

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Q.舞台配置図にある「アシスト」って何?
A.文字通り、補助的な役割を持った奏者で、通称「アシ」と言い、これに対して正規のパートを担当する者を「本吹き」と言います。アシは管楽器、特に金管に付けることが多く、具体的な役割は──(1) 金管楽器の演奏は口許の筋肉を酷使しますが(特にショスタコーヴィチの譜面は!)、特に高音やフォルテ(強奏)の多いパートを受け持つ奏者の筋肉疲労の負担を分散させるために、アシはさほど重要でない伴奏部分を吹いたり、本吹きと交互に吹いたりします。(2) 長く伸ばす音や息の長いフレーズの“カンニング・ブレス”要員として、本吹きとちがう箇所で息を吸ってリレーし、本吹きとセットで長くつながっているように聞こえさせます。(3) 音量の増強。(4) 本番中に本吹きが突然筋肉疲労を起こしてしまう(バテる)等、演奏上のトラブルがあった際に緊急対処します(特に、ダスビのトランペットのアシはとっさの機転が効かないと務まりません。これまで、アシのお陰で何度も演奏が救われました)。(1st.トランペット)

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Q.「替え楽器」ってなあに?
A.弦楽器(特にヴァイオリンやヴィオラ)は、演奏中に弦が切れることがあります。もしそれが本番で切れてしまっても速やかに演奏に復帰できるよう、予備の楽器が用意されています。それが「替え楽器」です。大体、各パート最後列辺りの椅子の上(または下、つまり床の上)に置いてありますので、ちょっと見てみて下さい。実際に弦が切れた時には、弦の切れた楽器が後ろにリレーされて用意していた替え楽器と交換され、奏者は舞台から退くことなく演奏を続けることができるというわけです。もしかすると、特定の奏者の椅子の下に替え楽器が置いてあることがあるかもしれません。それはきっと、その人が弦を切る常習者だからです(ダスビの場合)。(甲斐)

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Q.今「コール・ダスビダーニャ」の活動はどうなってるの?
A.コール・ダスビダーニャは、ショスタコーヴィチの合唱付きを演奏する事を目的として結成された合唱団(多分そうだと思う) 。
 結成は第5回、13番『バビ・ヤール』を歌う男声合唱団として設立。その後しばらくは出番がなかったが、第8回の時に、交響詩『ステンカ・ラージンの処刑』を歌うために混声合唱としてリニューアル結成。また翌年の第9回の交響曲第2番、第3番も演奏し、各方面から絶賛された事から、ショスタコを歌う合唱団としての不動の地位を確立した(多分うそ)。
 今後の活躍については、『森の歌』や、『ベルリン陥落』、『ラヨーク』などを残すが、『森の歌』については、児童合唱が必要とする事から、ソ連崩壊の現在、未来有望な青少年に社会主義の為に森に木を植える歌を歌わせても、環境問題に取り組む歌だと誤解される恐れから、演奏に躊躇しています(うそ)。
 要は、児童合唱団を集めるのが難しいからです。
 でも、いつかは『森の歌』を制覇したいと思います。皆で協力して、「森の歌」要員の増産に励もう(エロ)。(2代目合唱責任者の山城)

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Q.楽譜はどうやって調達するの?他所にも貸してもらえるの?
A.ダスビの演奏で使用している楽譜は、ショスタコーヴィチ作品を扱っている、全音楽譜出版社、日本ショットからの有償レンタル譜です(白川作品を除く)。ですので、当団ではショスタコーヴィチの楽譜は保有しておりません。(半澤)

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Q.特殊な打楽器の手配はどうやってるの?
A.打楽器のHから、僭越ながら打楽器調達戦略の一端をご紹介いたします。

戦略1「借りる」(鐘の場合)
 今までのダスビの演奏会では、交響曲11番、同13番、『ステンカ・ラージンの処刑』で登場しています。
 ショスタコーヴィチは、とても鐘を効果的に使っており、あるときは「警鐘」として、またあるときは「平和を祈る鐘」と、とても重要な役割を果たしています。いつもレンタルしている業者には、3種類の鐘が用意されていて、これらを微妙に使い分けています。どの種類の鐘を選ぶかは、メンバーの間でアメリカvsイラク以上の緊張関係を強いられるのです。
 さて、この3種の鐘が一度に登場した曲があります。『ステンカ・ラージンの処刑』です。この曲では、1 パイプ状の鐘 2 板状の鐘 3 いわゆる「カリヨン」をそれぞれ使い分けました。この演奏会においでいただいたお客様には、鐘の違いを感じていただけましたでしょうか。 ステージリハーサルでは、鐘をつるす糸が切れ、あやうく楽器が倒壊しかけるという事件も発生しており、奏者は命がけで演奏しました。 

戦略2「買う」(むちの場合)
 同じく『ステンカ・ラージンの処刑』で登場しました。2枚の板を打ち合わせると、「パシッ」というムチの音がします。処刑のシーンで象徴的に使用されているため、オーケストラの全ての音を越えて響き渡る必要があります。最初は手作り楽器作戦を試みましたが、あえなく失敗し、購入することにいたしました。そんなときいきつけの楽器屋のバーゲン情報が目にとまりました。「むち○○千円」…。私は1月3日のバーゲン開始とともに店になだれ込み、手にいたしましたのが、皆様がお聞きのムチでございます。
 余談ですが「バーゲンでムチを安く買ったの(^^)」という発言はあらぬ誤解を招く恐れがあるため、一般人には公言できません。

戦略3「つくってもらう」(サイレンの場合)
 交響曲2番で登場しました。工場で鳴り渡るものをイメージしていましたが、先のレンタル業者の手回しサイレンでは物足りないものでした。そこでインターネットで「サイレン屋(?)」を見つけ、このためだけの「本物の工場用サイレン」を特注したのでした。「サイレン屋」と奏者が何度も打ち合わせをした自信作ですが、奏者は現在国外在住ですので、詳しい経緯はまたの機会にいたしましょう。そういえば「サイレン屋」はその後倒産してしまいました。エンジニアの方々は別の職場でご活躍されているそうです。

おわりに
 と今までえらそうに書いてまいりましたが、実は本番用の楽器が最終的に決定するのは、ほんの2.3週間くらい前です。今回の特殊楽器である鉄工場の「鉄」も、この原稿を書いている今はじぇんじぇん決まっておりません。このプログラムがお客様のお手もとに届くころ、楽器が決定していればいいなあ。 (H)


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Q.指揮者はなぜ必要なの?
A.簡単に言うと、オーケストラというのは本日のステージをご覧の通り大人数でひとつの音楽を演奏するものだからです。
 ひとりで演奏する時、指揮者は要りません。2人で演奏するときも、要りません。4人でも、お互いに目を合わせたり呼吸を合わせたりして演奏できるので、指揮者は必要ありません。8人くらいでもきっと大丈夫です。しかしこれが10人、20人と増えていき、50人、100人となるとどうでしょう。振り返らないと見えない人もいますし、もはやお互いに目を合わせることは不可能です。ではみんなどこを向いて座っているのでしょう。そう、扇の要、指揮者です。
 ではなぜ指揮者を見て演奏する必要があるのでしょうか。それは、オーケストラの音楽は、とても複雑にできているからです。
 多い時には100人もの人数で演奏されるだけのことはあります。オーケストラには全部で10数種類の楽器があり、管楽器やヴァイオリンは同じ楽器の中でもさらに2〜3パートに分かれていて、それぞれ違う旋律を弾いたり吹いたり、伴奏にまわったり、リズムを受け持ったりしています。そして、曲のテンポ(速さ)というのは、実は一定ではありません。盛り上がるのに従って徐々に速さを増していったり、逆にたっぷりと時間をかけたりします。突然ものすごく速いテンポになることもありますし(もちろんその逆も)、だんだんゆっくりとなって終わる、という曲もたくさんあります。また、同じ曲を演奏しても、力強く演奏するのか、美しく流れるように演奏するのか、様々な解釈があるのです。オーケストラのメンバーひとりひとりにももちろん個性があって、好みも様々。でも100人いても奏でる音楽はひとつです。100人で「ここはどうしようか」と話し合ってもいいけれど、多分いつまでたってもまとまらないでしょう。そこで、我々100人のメンバーをひとつの方向に導いてくれる人=指揮者が必要なのです。いわば、指揮者は船長のようなものなのです。(Vn.甲斐)

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Q.コンマスって何するひと?
A.難しい質問です。まず、プロのオーケストラでの一般的なことを申し上げますと、コンサートマスター(略してコンマス)には、通常、第一ヴァイオリンの首席奏者が就任し、その役割は指揮者とオーケストラ奏者との橋渡しであると言われます。音を出さない指揮者に対し、音を出す奏者の代表というわけです。たとえば指揮者が「ここはこんな音で」と何か抽象的な指示をしたときに、具体的に音にできてそれを他のメンバーに伝えることができる、といったように高い演奏能力と音楽性が要求されます。

 しかし、趣味で演奏しているアマチュアオーケストラ(アマオケ)ではやや事情が異なります。理想とするところは同じでありたいのですが、必ずしもヴァイオリンの一番上手な人がコンサートマスターになるわけではなく、ほぼ全ての練習に出席できる人に限られます。つまりどれだけ上手いかではなく、どれだけそのオーケストラに時間を割けるのか、ということの方が重視される側面があるのです。それはアマチュアが本番だけを目的としているのではなく、週末ごとの練習そのものを楽しみ(目的)として活動していることに起因しています。ですから、一番ヴァイオリンの上手な人が一番熱心に練習に参加しているアマオケは幸福であると言えます。

 コンマスはボウイング(弓の動かし方)を決め、他の弦楽器パートとの調整を行い、第一ヴァイオリンのパートリーダーでもあるので時にパート練習を行い、合奏に先だってオーケストラのチューニング(音合わせ)をし、練習中に不明なところを指揮者に確認したり、他のメンバーに指示を伝えたりします。忙しくて練習の欠席が多い人へのフォローもアマオケでは大切です。しかしそれらのこと(チューニング以外)は他の楽器の首席奏者も行っていることなので、特別に列挙することでもありません。じゃあコンサートマスターって何だろうな、自分には何ができるのだろうな、ということは、多くのアマオケのコンマスが日々思い悩んでいることなのではないでしょうか。

 さて、本番ではコンマスならではの仕事があります。オケのメンバーが全員着席してから最後に舞台に現れ、お客様にお辞儀をしてからチューニングをします。指揮者が登場すると真っ先に立ち上がり、指揮者と握手をします。演奏終了後のオーケストラの起立・着席も全てコンマスに従って行われています。実はこれが結構大変。演奏が終わったらその満足感や感動などの余韻に浸りたいのに、指揮者の入退場とオケの起立着席のタイミングを計ることに神経を使い、そんなものは吹き飛んでしまいます。ダスビは年に1回しか演奏会がないので、わたしはこの儀式にちっとも慣れることができません。(Vn.甲斐)

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Q.曲目表記にこだわりがあるの?
A.上記のような形で質問を頂いたことはありませんが、第9回定期演奏会の際、交響曲第3番の表題を『最初のメーデーの日に』と表記したことに対して、「原題を直訳すれば、『メーデー』となるはずでは?」との質問を頂きました。また、今回のコンサートにおいても、「“馬あぶ”って何ですか?」との質問を頂きました。そこで、私たちダスバーが、普段どのように曲目表記を考え、決定しているのかを、例を挙げて御紹介しようと思います。

 まず、私たちが曲目表記を決める際に、どのような基準で考えているのかをまとめておきます。

 А.作曲者が付した原題はどうか?(なるべく原題に忠実に)
 Б.国内では一般的にどう表記されているか?(一般的な表記からあまりにもかけ離れると、一般の方々に混乱を招いてしまう)
 В.私たちはその曲をどう呼称したいか?(私たちはその曲をどう捉えているかというところから、すでに聴衆へのメッセージとなっている)

 特に上記のような基準を明確に取り決めたわけではありませんが、これまで、曲名表記にこだわりを持つ団員がいろいろ議論する過程を見ると、上記3つの基準からアプローチしていると思われるので、この機会に整理してみました。

1.「交響曲第3番『最初のメーデーの日に』」の場合
 А.原題は、ロシア語で『ピェルヴァマイスカヤ(May Day)』となっており、直訳すると「メーデー」となる。
 Б.国内では、『メーデー』と『5月1日』の2種類がある。
 В.この曲は、労働者たちの希望に満ちた未来を描いた曲だと思うが、今の日本人が「メーデー」という言葉から連想するのは、「会社が休み」「家族でプラカードを持って行進」「公園の出店」といった一種の祭である。原題からも国内での一般的な表記からもやや離れるが、合唱で歌われる歌詞の冒頭から取って、『最初のメーデーの日に』はどうか? 同時上演の交響曲第2番『十月革命に捧ぐ』という詩的な表題ともバランスが取れて、プログラムにも統一感が生まれると思う。

2.「交響曲第2番『十月革命に捧ぐ』」の場合
 А.原題は、ロシア語で『パスヴャシェーニイ アクチャーブリュー(dedication to October)』で、直訳すると「十月への献呈」である。
 Б.国内では、『十月に捧ぐ』または『十月革命に捧ぐ』が一般的である。
 В.ロシア語の「アクチャーブリ(October)」には、「10月」の他に「十月革命」という意味があり、言葉からだけでは決め手がない。思うに、この曲は、十月革命を成し遂げたレーニンと民衆の力への讃歌である。当時のロシア人にとっては、単に「十月」と言えば「十月革命」の意味だったのだろうが(例えば、日本人が「ヒロシマやナガサキ」と言えばそれだけで意味が分かるような)、現代の日本人には明確に「十月革命」と言ったほうがイメージを持ちやすいと思う。なお、固有名詞化しているので、『10月革命』よりも『十月革命』ほうが妥当である。

3.「交響詩『十月』」の場合
 А.原題は、ロシア語で『アクチャーブリ(October)』、直訳は「十月」。
 Б.国内では『十月』か『十月革命』が一般的。また、「十月」の部分は、「10月」という書き方もある。
 В.この曲は、『十月革命に捧ぐ』とはちがって、十月革命そのものをテーマにした曲ではないと思われる。十月革命という祖国の大事件が人々に大きな悲しみをもたらすことになったという因縁めいたものに、晩年の作曲者がしみじみと思いを馳せているというような、すごく内面的な音楽のように思う。『十月革命』と書くとイメージが限定されてしまうので、『十月』としたほうが良い。そして、一つの熟語として捉えたいので、『10月』よりも『十月』が妥当。

4.「詩曲『ステンカ・ラージンの処刑』」の場合
 А.原題を直訳すると、「詩曲『ステパン・ラージンの処刑』」である。
 Б.曲名辞典では、「交響詩『ステンカ・ラージンの処刑』」で載っている。
 В.「詩曲」というジャンルを広義の「交響詩」に整理しても決して間違いではないようだが、ショスタコーヴィチは、ほぼ同時期にこの「詩曲」と「交響詩」(前述の『十月』)を1曲ずつ書いており、この2つのジャンルを区別していると考えられる。「詩曲」という用語にピンと来ない人も多いと思うが、原題に忠実に「詩曲」とする。一方、表題のほうは、我々日本人には「ステンカ・ラージン」という人物名で知られているので、「ステパン・ラージン」とするよりもイメージを持ちやすいと思う。また、曲中の歌詞は全て「ステンカ」となっているので、表題を『ステンカ・ラージンの処刑』としても作曲者の意図は損ねないと思う。

5.「映画『馬虻』の音楽による組曲」の場合
 А.原題は、ロシア語で『馬あぶ』ということで、邦訳としては問題ない。
 Б.国内でも例外なく『馬あぶ』と表記されている。
 В.確かに「馬あぶ」というアブの一種はいるが、そもそも「馬あぶ」という昆虫名にはほとんどの人がなじみがないだろう。かと言って、『アブ』とすると、この曲はショスタコーヴィチ愛好家の間では比較的有名な曲なだけに、『馬あぶ』とは別の曲かとの混乱を招きかねない。映画のストーリーは、「馬あぶ」との異名を持つ革命義勇兵のリーダーの物語なので、漢字で『馬虻』と書くといかめしくて良いと思う。ただ、なじみのない文字なので、特にチラシの表やパンフレットの演目一覧のページでは、「うまあぶ」とルビを振る。

6.「交響曲第5番」の場合
 А.作曲者は、何の表題も付けていない。
 Б.国内では、疑問視されるも、依然『革命』と呼ばれている。
 В.(私たちの考えについては、別項「曲目解説」を参照されたい)。

 ──以上のような感じで、少しでも作曲者の意図に忠実に、少しでも一般の人がイメージを持ちやすいように、そして、少しでも私たちのメッセージが込められるようにと、団員の中で曲目表記にこだわりを持つ有志があれこれ話し合って決めています。(印刷物担当者に尻を叩かれながら…)。by 曲目表記いのち

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Q.売り切れた過去の演奏会のCDは再販しないの?
A.ごめんなさい。しません。
 基本的には、パパとママの思い出を、後に半泣きで語ったりするための記録ですので、関係者分+α程度しか作成しておらず、作成枚数がはけたら終了、ということにさせていただいております。
 再販ともなると、様々な作業が、また一から発生するわけで(落涙)。現在も皆で時間をひねり出して諸作業に当たっているので、かなりの負担となってしまいます。他の面からもリスクが大きいため、再販はしないことにいたしました。どうか悪しからずご了承ください。
 誰にでも忘れたい過去もあるということで、過去のものについては、どうかご縁がなかったものとお考えいただき、今の私たちをお楽しみいただければ幸いです。(別会計)

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Q.ダスビダーニャで、わたしも演奏したいんだけど・・・
A.当団では、ホームページや各種媒体による団員の公募は一切行なっておりません。その理由としては、まずパートによって欠員状況が違うことが挙げられます。
 さらに各パートによって団員としての基準が違っております。どのパートも原則的にはオーディションは特に行ないませんが、入団希望の際には、ダスビダーニャ・オフィス宛に一度ご連絡を頂きまして、各パートの担当者に連絡。その後パート担当者と入団希望者が個別に直接お話させていただく形を取っております。必ずご連絡を差し上げているかどうかの確認は責任もってさせていただいております。ご興味のある方は一度ダスビダーニャ・オフィスまでご連絡をお待ちしております。

※ダスビダーニャ・オフィスへの連絡はこちら

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