第26回定期演奏会

第26回定期演奏会チラシ

概要

日時:2019年3月3日(日)13:00開場 14:00開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール
指揮:長田 雅人
ソプラノ独唱 *:中江早希
混声合唱 **:オーケストラと歌うロシア合唱団 :東京トリニティコール

プログラム

  • D.ショスタコーヴィチ作曲
    • 三部作映画《マクシム》の音楽より 作品50a (*)
    • 交響曲第2番《十月革命に捧ぐ》作品14 (**)
    • 交響曲第6番 作品54

革命後を生き延びたショスタコさんから 維新に散った西郷どんに贈る 不格好なシンフォニー

革命後を生き延びたショスタコさんから
維新に散った西郷どんに贈る
不格好なシンフォニー
2018年秋
オーケストラ・ダスビダーニャ団長 白川悟志
革命後を生き延びたショスタコさんから
維新に散った西郷どんに贈る
不格好なシンフォニー
西郷どんの章(1):幕末〜明治維新
皆さんは御覧になっていますか?西郷どん……と書いて「せごどん」。日本史の中で「好きな時代」の不動の首位をひた走る幕末〜明治維新。私もこの時代が大好きです。
幕末〜維新の時代とは、人々が貧しい生活を強いられる中、世を治める徳川幕府への不満が高まり、ついに西郷どんら雄藩の下級武士が幕府から政権を奪取。頼朝以来700年続いた日本の封建体制に終止符を打ち、欧米列強のような近代国家を目指して急ハンドルを切った時代です。
でも、維新によって近代化が進んだのは都市部だけで、日本の大部分を占める農村部の生活、また、幕府の消滅によって失業した(元)武士の生活は、むしろ徳川時代よりも苦しいものでした……。
ショスタコさんの章(1):三部作映画《マクシム》の音楽より 作品50a
今回の演目は、図らずも、ショスタコさん好きの人の中でもさほど人気が無いであろう3曲が並びました(^_^;) されどショスタコーヴィチ!普段あまり聴かないからこそ、噛めば噛むほど新しい魅力に気付かされることの多い曲たちでもあります。
コンサートのハナを飾るのは、三部作映画《マクシム》の音楽より――通称「マクシム三部作」です。映画の内容は、青年マクシムが社会主義に目覚め、革命家へと成長していく国策モノで、全3部から成る巨編。3部ともショスタコさんが音楽を担当し、今回演奏するのは、その3作全ての音楽からコンサート用に編まれた組曲。いかにも国策映画の音楽らしい仰々しい序曲あり、踊りだしたくなるようなギャロップあり、葬送あり、戦闘あり……。
西郷どんの章(2):異国の維新――ロシア革命
明治維新に遅れること50年、ロシアの地でも多くの労働者や農民が生活苦に疲弊し、不満が爆発。そして皇帝が倒され、新政府ソヴィエトが生まれました。「ロシア革命」です。革命の全過程を総じて「ロシア革命」と呼び、ピンポイントで、1917年(ロシア歴)2月の帝政打倒を「二月革命」、そして、同年(ロシア歴)10月のソヴィエト政権樹立を「十月革命」と言うことがあります。
ショスタコさんの章(2):交響曲第2番《十月革命に捧ぐ》作品14
2曲目は、全くと言っていいほど演奏される機会の無い交響曲第2番《十月革命に捧ぐ》。 敬遠される最大の理由は、合唱が歌う極めて政治的な歌詞にあるように思います。この曲は、革命10周年を記念する音楽として、共産党からの委嘱により書かれました。このときショスタコさんは弱冠20歳。交響曲第1番で世界中を驚かせた翌年のことです。
交響曲と言っても20分程度の単一楽章ですが、その中に、若い国の若い作曲家があらん限りの斬新なアイデアと野心を詰め込みました。例えば、作曲者自身が「ウルトラ対位法」と名付けた混沌の27声部。オーケストラの全27パートが、それぞれ別々のメロディーを同時進行させます。今日のパンにも困る労働者の絶望をそのまま音にしたようなカオス・サウンドが終わると、今度はなんと、工場のサイレンが鳴り響き、それに導かれて、労働者が歩んできた苦難の道のりについて合唱が歌い始めます。やがて労働者は指導者レーニンに導かれて闘争に立ち上がり、勝利を得るまでを歌い継ぎ、最後は圧倒的なシュプレヒコールを挙げて、熱気の中で交響曲を閉じます。……と言うと、怪しい政治がらみのコンサートじゃないかと引いてしまわれそうですが、これも音楽が時代を映し出した歴史の一コマ。私たちも純粋に音楽作品として取り組んでいます。
今回、「オーケストラと歌うロシア合唱団」さんと「東京トリニティコール」さんの勇気ある協演を得て、ショスタコさんのこの稀作を舞台に上げることができます。
西郷どんの章(3):維新の理想と現実
日本が国の近代化を目指して欧米風の資本主義の道を進んだのに対し、ソヴィエト政権は資本主義を否定し、人類史上初の社会主義国家を建設しました。労働者を金の力で支配していた資本家も、その資本家とギブ&テイクの関係にあった皇帝もいなくなり、労働者の代表である共産党が国の舵取りを担うことで世の労働者は豊かになるはずでした。
でも、日本の明治維新同様、なかなか時代は微笑んでくれません。共産党の指導者スターリンが強力な独裁体制を敷き、ロシアを、帝政時代よりもはるかに過酷な恐怖と戦争の時代へと引きずり込んでいくことになるのです。
ショスタコさんの章(3):交響曲第6番 作品54
19歳の鮮烈デビュー以来、新進気鋭の作曲家として順風満帆のショスタコさんでしたが、20代最後の歳に、独裁者スターリンから名指しで公的批判を浴びます。曰く、「ショスタコーヴィチの音楽は、社会主義の路線に反する騒音である。改心しなければ、彼は悲惨な結末を迎えるあろう」と。改心したテイで書いた次作交響曲第5番が当局に承認され、「反人民作曲家」の汚名返上に成功。私生活面でも2人の子宝に恵まれ、とりあえず平穏な生活を取り戻しました。
そんな時期に書いた交響曲第6番は、なんともチグハグで不格好な小型シンフォニー。シリアスなドキュメンタリー番組が、CMを挟むたびに脈絡を失い、最後はお笑いバラエティーのドンチャン騒ぎで強引に盛り上げて終了。ワケガワカリマセン。
それでも、第6交響曲は独自の魅力を放っています。独裁政権下で、なんとか巧く立ち回って楽壇の表舞台に立ち続けようとするショスタコさんは、それができなくて舞台から引きずり降ろされていく人たちのことを、自分の音楽の中に書き込むようになっていきます。その序曲となるのが、この交響曲第6番のような気がします。
海舟、龍馬、孝允、利通……、猛スピードで幕末から維新の時代を牽引するリーダーたちとは一線を画し、ひとり西郷どんは、常に後ろを振り返っては歴史の逆波に取り残されそうな人たちの手を引き、背負い、最期は取り残され組の大将として新政府軍の前に散りました。右に左に大揺れしながらも牛車のような迫力で時代に轍を刻み込んだ西郷どん。私には、そんな西郷どんの英雄的蛇行が、ショスタコさんの第6番の交響的迷走に重なります。
おさぴーとダスビによる〆の章
我がダスビダーニャにあっては、設立以来全てのコンサートで指揮台に立ち続ける常任指揮者の長田……と書いて「おさぴー」。30年近く進歩の無い私たちを置き去りにすることなく、いつ果たされるとも分からないダスビ維新に向かって私たちを前引き後押し。そんなマエストロおさぴーの熱血タクトの下、御来場下さったお客様には、知られざる名曲と出逢った満足感と共にホールを後にして頂けるよう、練習に励んでおります。
3月3日、世はひな祭り一色でしょうけど、共に池袋で日本の夜明けを迎えようではありませんか!