
概要
日時:2017年3月12日(日)13:00開場 14:00開演
会場:東京芸術劇場大ホール
指揮:長田 雅人
プログラム
- D.ショスタコーヴィチ作曲
- E.ドレッセルのオペラ《哀れなコロンブス》のための序曲とフィナーレ 作品23
- 交響曲第1番 作品10
- 交響曲第12番《1917年》 作品112
赤の他人 流るる血潮は 同じ赤
赤の他人 流るる血潮は 同じ赤
2016年秋
オーケストラ・ダスビダーニャ団長 白川悟志
ドナルド・トランプ氏…差別主義者とも取られかねない発言を繰り返した彼が、
第45代合衆国大統領に選ばれました。
(1) 1917年/ロシアにて社会主義政権誕生
…それはさておき、今から100年前の1917年、人類史上初の社会主義政権がロシアの地に誕生しました。ロシア革命です。「社会主義」や「共産主義」は「恐い」という印象を持つ人が多いようですが、元々は、「人(資本家)が人(労働者)をお金で支配し、牛馬のように酷使して利益を得る」という非人間的な世の中を壊し、全ての貧しい人々に人間らしい幸福をもたらそうとする考え方でした。
でも、ロシア革命によって出現した社会主義国家ソヴィエトは、人間らしい幸福どころか、国の内外に甚大な不幸をもたらしました。残酷な独裁者を生み、何千万人にも及ぶ犠牲者を出したあげくに、ソヴィエト連邦は70年で崩壊。それから芋づる式に世界中で共産主義政権が倒されました。社会主義・共産主義が恐いと思われるのは、ソヴィエト連邦を中心とする共産圏の悲惨な足跡に依るものと思われます。
ショスタコーヴィチがロシア革命をテーマとする交響曲第12番『1917年』を書いたのは、1961年のこと。革命から44年も経過しており、その間に独裁者スターリンによる大粛清や戦争、周辺国への武力干渉も経た後のことです。
それでも彼が書いた音楽は、人々が幸せに暮らせる世界を目指した革命の理想を、時には情熱的に、時には物静かに、そして威風堂々に描いています。特に、革命の火ぶたが切って落とされた軍艦アウローラ号の砲撃シーンでは、この作曲家お得意の打楽器が大活躍!
そんなわざとらしさゆえか、この交響曲の芸術的価値は低いとされてきましたが、誰よりもショスタコーヴィチ自身がよく分かっていたはずです。彼はなぜこんな音楽を書いたのでしょう?
(2) 1498年/コロンブス新大陸に到達
ここで時代を400年余り遡りましょう。1498年、コロンブスがアメリカ大陸に到達したことがきっかけとなって新大陸の存在が明らかとなり、地球規模で大陸間の往来が始まりました。
ただ、平和的な異文化交流なら良かったのですが、ヨーロッパ人がどんどん新大陸に入植し、先住民を虐殺して土地を奪い、白人の国家を建設した…というのが大筋のようです。
1776年のアメリカの独立宣言には「全ての人間は自由で平等」だと謳われていたはずですが、ここで言う「人間」とは「白人」であり、有色人種は該当しないと解釈されていたのです。
エルヴィン・ドレッセルというドイツの作曲家が、コロンブスのアメリカ到達をテーマにしたオペラ『哀れなコロンブス』を書きました。ドレッセルはショスタコーヴィチと同世代人で、社会主義思想に賛同し、オペラの内容も、コロンブスのアメリカ到達を社会主義的観点からアプローチしたストーリーとなっているようです。
このオペラのソヴィエト公演に際し、ショスタコーヴィチが「序曲」と「終曲」を補作しました。ただ、ショスタコーヴィチは、オペラのためのピースというよりも、この物語のアニメ映画版を想定して作曲したようで、彼の他の映画音楽と同様、ユーモアと皮肉に富んだ楽しい音楽に仕上がっています。
(3) 1925年/ショスタコーヴィチ立つ
再び、ロシア革命〜ソヴィエト連邦建国の時代に戻ります。
1906年生まれのショスタコーヴィチは、革命への気運が高まる帝都ペテログラードで少年時代を過ごし、11歳で社会主義革命を、16歳でソヴィエト建国を体験しました。多感な思春期に世の中の価値観がガラリと変わったのです。
早熟の彼が若干18歳で完成させた第1交響曲は、新しい祖国の未来を担おうとする若者らしい情熱、変動する世の恋愛観と自身の恋人への葛藤、古い恩師を敬いつつも新しい音楽を創ろうとする探究心、野心etc.etc…いろんな“熱いもの”がパツンパツンに込められた大傑作だと思います。作曲家とピアニストで進路を決めかねていた頃の作品で、実際、オーケストラの中に編成されたピアノのパートは、協奏曲に準じるくらいに大活躍します。今回、そのピアノを弾くのは、日本でロシアン・メソッドを積極的にセミナーされている古畑由美子氏です。
(4) 2017年/ダスビ舞台に上がる
共産主義のシンボルカラーは、赤。これは、「肌の色はちがっても、流れる血はみんな同じ赤」という平和のメッセージだそうです。
『1917年』交響曲は、「共産党への迎合作」とか「肥大化した映画音楽」などと揶揄され、駄作と見られてきました。それでも、この交響曲は思い出させてくれます。革命や共産主義の是非を超えて、そもそも世界の国々、人々はどうあるべきか?
国境に壁を作り、特定の宗派の人を締め出し…核兵器で威嚇し合うことで、まずは隣人から我が家の安全を守らなければならなくなってしまった世界にあって、『1917年』交響曲が描くようなキレイゴトは、大統領選における演説では通用しないでしょうけど、コンサートの舞台上で熱奏することは有りだと思います。むしろ、人間の「みんな仲良く」本能に直接訴えかける音楽だけの大切な役割ではないかと、熱きマエストロ、長田氏と共にささやかな自負を抱きつつ、3月12日、池袋にてお待ちしております。
