make angel 〜chapter 3〜  はじめのうちは、昔の話をしたり聞いたりしながら歩いていたけど、そのうちみんな無口になってきた。  ぼくはユウミをおんぶして歩いていたけど、やっぱり長時間は苦しいので、途中で馬を買ってそれに乗せることにした。だけど、意識があまりないようだったので、ファーラが一緒に乗ってユウミを支えてくれることになった。  ファーラが旅装を調えてくれたので、ぼくはそれに着替えていた。ファンタジーものにでてくるようなあんな衣装だ。  夕方まで歩き続けて、隣の村の入り口までたどり着いた。村といっても、トゥクよりも小さい村だ。数件の家が立ち並んでいるだけである。 「今日はここで休ませてもらいましょう」  ファーラは言うと、馬から降り、一番大きな家へと向かった。「ちょっと頼んでみるわね」  「宿がないときは、ああやって頼むんですか?」  ぼくはケインに問うた。  「そうだな。一人の場合は、あんまり気にしないで野宿の場合が多いが。しかし、慣れてないのに、いきなり野宿はたいへんだろう、な」  そうか、気を遣ってくれたのか。  しばらくして、ファーラが戻ってきた。 「泊めてくれるって。行きましょう」  そんな簡単にOKしてくれるものなのか。 「宿がない村や町では、長にあたる人に家には、大抵そういう設備があるものよ」 「なるほど」  ぼくらは村の一番大きな屋敷へ向かった。  玄関で、髭の長い老人が出迎えてくれた。 「よくいらっしゃいました。たいしたところではないが、ゆっくりしてゆきなされ」 「ありがとうございます」 「おや、娘さん、怪我でもなさいましたか?」  老人は、馬に乗せられたユウミを見て言った。 「ええ、途中で……」  ファーラが適当にごまかす。  『天使』のことは内緒にしてないといけないんだな。まぁ、そりゃそうだろう。欲しがってる人はいくらでもいるようなものだし。 「そうでしたか。それはお気の毒でした。医者を呼びましょうか?」 「ご配慮ありがとうございます。でも、もう手当ては済ませました。少し養生すれば大丈夫でしょう」 「それはよかった。物騒な世の中ですからの。こんなところで立ち話をしてるのもなんですから、早く中へお入りなさい」  気さくな老人だな。ちょっと安心した。  召使がぼくらを部屋に案内する。豪華とまではいかないがきれいな部屋だ。 「丁度、夕食の用意をしていたところです。まだでしたらご一緒にどうぞ、とのことです。それとも、お部屋にお持ちしましょうか?」  と、召使。こんなに色々してもらっていいのだろうか。ちょっと恐縮するな。 「ケインとユウキはご一緒したら?私はユウミを見ているわ」  ファーラが言った。 「じゃぁ、そうするか」  とケイン。 「そのようにお伝えします」  言うと、召使はあわただしく出て行った。丁度忙しい時間にお邪魔してしまったようだ。 「ユウミをひとりにしては置けないからね。私が見ているわ」  それが懸命な判断だろう。しばらくして、さっきの召使がぼくらを呼びに来たので、ケインとぼくは彼女についていった。 「久しぶりのお客様ですわ」  召使が行った。「最近は、この村を通って旅する人も減りました。大街道の方を通る人が多くなってるみたいで」 「そうなのか」  とケイン。 「ですので、だんな様はすごくお喜びです。昔は、ご自分で旅をすることもありましたけど、さすがにもうお年なので、旅人から話を聞くのが楽しみなんですの」 「昔は、大街道の方が盗賊が多くて安心して歩けるような状態ではなかったと聞くが」 「ええ、そうなんです。だから、こちらの小街道を通って行く人が多かったのですが。村にも宿はたくさんありました。でも、ほとんど閉めてしまっていますわ」 「しかし、なぜ」 「モンスターです……あ、こちらです」  大きな扉の前で召使は立ち止まり、その扉を開けた。広い食堂だ。だが、その中にはテーブルが一つだけ。昔は、ここで華やかなパーティが行われていたりしたんだろうな。  すでに、先ほど出てきた髭の長い老人がテーブルについていた。ぼくらが入っていくと、上座をすすめたが、ケインがしきりに断り、ぼくらは下座についた。 「この子から何か聞いてるかもしれんが、久しぶりのお客様でのぉ……。わしがこの村の村長のジョエルだ。よろしく」 「こちらこそ、よろしくお願いします。突然申し訳ありません。わたくしはケインと申します、彼は、ユウキです」  ケインに紹介されて、ちょこっと礼をした。 「堅苦しいことはなしにしよう。酒もあるので、よろしかったら」 「ありがとうございます」  まず、全員に赤ワインが振舞われ、次に前菜が出てきた。 「最近は、街道が物騒で、この村に来る人もめっきり減ってしまって、さびしい村になってしまった」 「途中、一度もモンスターには遭遇しませんでしたが」 「それは運がよかったとしか言いようがない! ちょっと猟へ出ても、モンスターに遭遇するというのに」 「そうなんですか」  多分、ケインはその状況を知っているんだろうな、とちょっと思った。途中で街道のことは教えてもらっていたけど、最近物騒でなくなった大街道と、最近物騒な小街道としか聞いてない。もっと突っ込んで聞いておけばよかった。けど、今はケインの話にあわせるか、ぼくは黙っておくか。 「旅をされているなら、すでに知っているかもしれないが、昔は大街道といえば、道が広いだけで、盗賊どもの巣窟だった。しかし、ある時を境に大街道からは盗賊どもが消えてしまい、その代わりに小街道にはモンスターが棲みついてしまった。なにかあったと思うのが、小街道沿いに住む者たちの正直な感想だろう。何十年も前は、一人でよく旅したものだ。しかし、こんな状況では出て行けぬ。自分自身、体力も衰え、隣の村へもひとりでいけるかどうかもわからん。旅のお方、大街道について知っていることがあれば教えていただけぬか。このまま、村が衰退していくのは見ておれんのじゃ……」  村長はグラスに口をつけた。 「たしかその事件は10年前のことでしたね、丁度……。そのころ我々はまだ旅人ではありませんでした。ですので、細かいことは存じ上げませんが」 「左様ですか。何かお話が聞けるかと思ったんじゃが」 「盗賊が消えたのには、ある一団がかかわっているとのもっぱらのうわさですが」 「ほぉ」  ふたりの話を余所に、ぼくは前菜をもぐもぐと平らげた。そういえば、今日はまともな飯を食ってなかったな。 「かなりの力を持っているようで、誰も手出しができない、とか」 「どこかの国がかかわっているとでも」 「かも知れませんね。あくまでもうわさですから」 「そうですか」  メインディッシュが運ばれてきた。なにかの肉のようだ。 「ところで、ジョエル殿も旅人だったとお聞きしましたが」  話題を変えるケイン。ケインはさっき話してたことに関して何か知っているのかもしてない。知っていてもおかしくはないと思うけど。 「ええ、まぁ。少しだけだったじゃがな」  その後は、村長さんの旅の話を延々と聞かされた。ケインは嫌な顔ひとつせずに、全て聞いていたっぽい。ぼくは、少々飽きていたけど。  ケインはワインを1本空けるくらいの勢いで飲んでいた。村長さんもだいぶ飲んでいた。しばらくして、ケインは酔いを覚ましたいと言って、外に出て行ってしまった。村長さんも酔っ払っていたのか、その後すぐに、召使に抱えられて出て行ってしまった。  一人残されてもなぁ。  部屋に戻るかな、それとも、ケインを追っかけて外に行ってもいいし、ここで一人で残ったワインを頂くのもありか。  少し考えた末、外に出てみることにした。ケインは相当飲んでいたし、外でなんかあったら大変だ。モンスターが出てきたら困るけど。  外の空気は冷たくて、少し酔った体に気持ちよく染み渡った。  少し離れたところで、ケインは星を見ていた。気がついたのか、ケインはこちら見た。 「ユウキも酔っ払ったのか?」 「心配だから見に来たんじゃないですか」 「心配はいらないよ。全然酔ってないから」 「ワイン、1本は空けてましたよ」 「その程度では酔わないな」  暗くてよく見えないから、顔が赤くなっているかは確認できなかったけど、言葉ははっきりしていた。 「そろそろユウキにも我々のことをきちんと話をしないといけないかもな」 「はい?」  ケインの突然の言葉にぼくはびっくりした。話をしないといけないほど、なにかあるのか?あるとは思ってるけど。 「ここでは誰かに聞かれてしまうかもしれないから、そのうちな。さて、部屋に戻るか」  もう少し外の空気にふれていたかったけど、まぁいいか。ケインに促されて、部屋に戻った。  部屋には人数分のベッドが置かれていて、すぐに寝れるようになっていた。ユウミはすでに眠って?いた。ファーラはお茶をすすっていた。 「おかえりなさい。お食事はどうでした?」 「村長の話が長くてやってられなかったよ」 「そう」  ファーラはケインとぼくの分のお茶をいれてくれた。「明日は早く出るから、はやくおやすみなさい」 「うん」  いろんな話を聞いてみたい気もしたけど、それは道中に聞けばいい。ぼくは、ユウミの側へ行って髪をなでながらユウミにおやすみ、と言った。けど、すっかり眠っているようで、反応はなかった。 「もうすっかり眠っているわよ」 「そうだね。じゃぁ、ぼくももう寝るよ」 「おやすみなさい」 「おやすみなさい」  服を来たまま布団に潜りこんだ。けど、やっぱり寝ずらいので、布団の中で服を脱いだ。外だと恥ずかしいだろ。  1日中歩いていたので、相当疲れていたようだ。数分もしないうちに眠ってしまったようだ。  雨の音がする。今日は雨か。 「お目覚めかしら」  ファーラはすでに起きていた。いつもぼくよりも遅く寝るのに、ぼくよりも起きるのが早い。 「おはよう、ファーラ」 「おはよう。お茶はいかが」 「うん」  あったかいお茶をいれてくれる。ぼくはそれをすすった。 「今日はあいにくの雨だけど、先を急ぐわ。朝ご飯をいただいていたら、どうなるかわからない……」 「ファーラ、一体なんなんですか」 「なにが?」 「一体、あなたたちの目的は……」 「悪いけど、今はそんなこと話している余裕はないわ、多分。ケイン、ユウミを」 「ああ」 「ユウキはもう準備はいいわね」 「うん」  服を着て、荷物を持つだけで、いつでもでかけられるけども。 「とりあえず、待ち伏せされている個所は、玄関だけのようね。その後、街道に出てからはわからないけど」  ファーラは窓を開け、体を乗り出した。こちら側は、玄関と反対方向で、林になっている。  雨が部屋に入ってくる。 「街道を抜ければ、追っては来ないだろう。抜けるまで全力で走るんだ」  ケインが言った。まじかよ? 「駆け抜けるのは無理そうね。途中で一戦あるかもしれないわ」 「援軍は?」 「計算では、街道を抜けるあたりで合流」 「やはり走るしかないか」 「行きましょう」  ファーラはさっと窓から飛び降りた。ケインもそれに続く。ぼくは、窓に手をかけて、レンガの壁を少し降りてから飛び降りた。 「こっちよ」  ケインとぼくはファーラに続いた。ケインはユウミを抱えているけど、いつもと同じくらいの速さで走ってる。  林の中はいくつか道があった。分岐点でも迷いなくどちらかへ行く。昨日のうちに調べていたのだろうか。  雨で足元がかなりぬかるんでいる。けど、二人は全くものともしない。ぼくは後をついていくので精一杯だ。  林を抜けた。すげー疲れたよ。 「一休みしましょう。向こうは気がついていないようね」  ぼくはその場にへなへなと座り込んだ。 「一体、なんなんですか…」  ぼくはファーラにきいた。「わかってて、あの屋敷に泊まったんですか」 「大街道はもっと危険なのよね」 「危険って」 「わたしたちは、超少数派で、しかも、どの派閥からも狙われてるのよ」  どこまで本当なんだか。けど、ぼくは彼らの話を信じるしかない。 「ファーラ、追手が来てるぞ」 「行きましょう。ここでやられてしまったら、元も子もないわ。行くわよ」  ぼくらはまた駆け出した。  この辺りは、小街道らしい。道の真中だけだったけど、石畳が引かれていた。  雨はさっきよりも強くなってきた。視界が悪い。ファーラは白っぽい服装をしているし、ケインは黒っぽい服装をしているので、少々みづらい。  とにかく、この道をまっすぐ駆けていけば大丈夫だろう。  背後に人気を感じる。それもすごい大人数の!  明らかにぼくらを追っている。むしろ、狙いはユウミか。  間は少しずつ縮んできている気がする。  ファーラが足を止めた。「やっちゃいましょう」  やっちゃいましょう、じゃないって。めちゃめちゃ人数多いよ。  ファーラは印を結ぶと、なにやら唱え始めた。  ケインとぼくは、剣を抜いて構えた。  敵は10人、いや、もっと多い。  刹那、ファーラの魔法が完成した。一本の光が空から街道を突いた。そして、大きな音を発した。 「うわっ」  ぼくらと敵の間に大きな穴、いや、亀裂ができている。飛び越えることもできまい。そして、長さもかなりある。 「これでも時間稼ぎにしかならないわ」 「え?」 「あんなもの、幻影にすぎないわ。多分、数分もすれば気がつくはずよ。とりあえず、少しでも先へ行きましょう。もう少しすれば援軍がきているはず。といっても、数人だけれども」  またぼくらは走りだした。しかし、出たころに比べれば、明らかに速度は落ちている。  前方に、人影が見えた。 「間に合ったようね」  ファーラは足を止めた。 「彼らが?」  見えるのは3人だけだが、それでさっきのやつらをどうにかできるのだろうか?ファーラとケインがいくらそういうのが得意でも、今の状態じゃ無理そうだし。 「まぁ、見てなさいって」  ファーラが手を振ると、ひとりが手を振って応え、早足でぼくらの方へやって来た。 「逃げるのか?それともかたづけるのか?」  ひとりがファーラに声をかけた。ファーラがこの一団のリーダー役らしい。 「少しでもかたづけられる時にやっておかないと、後が大変なような気がするわ」 「じゃぁ、いきますかね」  その彼は大きな剣を引き抜いた。ケインが持っているのと同じような剣だ。「あんなのオレ様ひとりで十分だ」 「無鉄砲な」  ひとりは老人だった。「そんなことばっかりしてるから、キズが増えていくんじゃないか」 「やばくなったら、わたくしめのコレで援護しますよ」  ひとりは小柄な青年だ。弓矢を持っている。 「ユウキ、あなたはユウミを守っていて。私達はやってくる敵さんをかたづけるわ」 「うん」  ケインは、ユウミをぼくに渡した。ぼくも戦闘の手伝いをするべきだろうけど、疲れていてそれどころではない。彼らに任した方が正解だろう。  敵さんが追いついてきた。得物を構えるファーラたちの前で止まった。  さっきは少なく見えたけど、30人くらいはいる。 「さっきはよくもだましてくれたな!」  敵の一人が叫ぶ。それが合図となった。  剣使いが切り込んでいく。そして敵をなぎ倒す。  弓使いが剣使いの援護をうまくしている。剣使いの背後に来るやつに矢を打つ。  ファーラは主に魔法で応戦。  老人は、爆薬使いだった。小さな爆弾を設置しては爆発させる。何種類かあるようだ。  ケインはぼーっと突っ立ってるけど、敵が近くに来ると、敵になにか呪文をかけていた。  勝負はあっさりとついた。  まだ体力の残っていた者たちはそそくさと逃げ出した。  ケインが、倒れているやつの一人をとっ捕まえて訊問をはじめた。 「誰に頼まれたんだ?」  男は黙っている。 「黙ってると、自分のためになんないと思うけどな」 「ジョエルね」  ファーラが言った。あぁ、人の心をのぞけるんだっけ。 「そのガキが『天使』だっていうから追ってきたんだよ。売り飛ばしたら金になるっていうからな。けっ。めちゃめちゃつえぇじゃねぇか」  ガキって、ユウミのことか。 「今回は許してあげるわ。私達の気の変わらないうちにとっとと家にお戻り!!」  倒れているやつらも、なんとか立ち上がってその場を去っていった。何人かは倒れたままだった。 「もう少し行ったところに、宿屋があったはずだわ。今日はそこに泊まりましょう。それから、彼らの紹介もそこでするわ」  少し歩くと、宿屋が見えてきた。小さい宿屋だ。それだけがぽつんと建っている。小街道もここで終わりのようだ。