故郷  アリアハンの城は、バラモスが倒されたということで、盛り上がっていた。もちろん、勇者ご一行様だって、例外ではない。  城内では、彼らのための式典が用意されていた。一番浮かれているのが、武闘家のゆめか嬢。魔法使いのセイレンと賢者のユウは、おとなしくしている。勇者ともみは、何をしていいのかわからず、きょろきょろ。  しばらくして、兵隊達によるファンファーレが辺り一体に響きわたった。誰もが勝利の美酒に酔いしれていた。あの、魔王をもう恐れずに済むのだから。そして、自由に街と街とを行き来できるようになる。世界中に「朝」が来たのだ。  街中の人が、一目「勇者」様を見ようと、城に押し掛けてきていた。普段は静かな城も、今日だけは異様と言っていい程騒がしかった。  王は、満面に笑みを浮かべて、自分の前に膝まづいている勇者の手を取った。 「そなたの父オルテガ殿のことは、非常に惜しかったと思う。しかし、娘のともみがここまでやったのだ。きっと、喜んでおられることだろう」 「……はい」 「さぁ、ともみ達のために、とっておきのファンファーレを演奏するのじゃ!」  王の声と共に、別のファンファーレの演奏が始まった。勇敢なもの達へのファンファーレ。  と、その時、天井がキラと光ったかと思うと、その光が楽隊の兵士を直撃した。 「何事!」  刹那、ともみは剣を構えた。邪悪な気を感じた。  他の3人も、それに気付いた。剣に手をかけると、王を背に、その前に立った。  辺りが暗くなる。 「私の名はゾーマ。全てを滅ぼすもの……」  どこからか低い声が聞こえる。  バラモスで終わりではなかったのか……?!  ともみの剣を握る手がにわかに汗ばんだ。 「その程度で喜んでいられては困るな。私の立場がないではないか。ハッハッハッ!」  声は聞こえども、姿は見えない。しかし、その邪悪な気はひしひしと伝わって来る。 「近いうちにまた会おう。私の名はゾーマ。全てを滅ぼすもの……」  気がすうっと消える。と、同時に、辺りは元通りになった。まるで、何事もなかったかのように。外では、いよいよ宴会が盛り上がろうとしていた。  王は、ショックか、くらくらと倒れた。ユウとセイレンがあわてて助け起こす。顔はすっかり青覚めている。 「……このことは、くれぐれも……口外せぬよう……人々に余計な……もう、下がってよいぞ、皆の者……」  兵士があわてて駆け寄り、二人から王を受け取ると、寝室に連れて行った。「ともみ殿。申し訳ない。こういうことだ」  傍らにいた大臣が言った。「……バラモスの上にまだいたとは」  まるで、信じられないという顔をしている。  それは、皆同じだった。  4人は、裏口から城を出た。そして、これからのことを決めるために、ともみの家へと向かった。  家では、母と祖父が帰りをいまかいまかと待っていた。  家に帰るや、4人は無言のまま、ともみの部屋に入った。  しばらく、4人とも何もしゃべらなかった。しゃべるべき言葉が見つからなかった。  沈黙を破ったのは、ユウだった。 「もう一度、ネクロゴンドへ行きましょう」 「ネクロゴンドへ? 何故?」 「あの地震が気になります。何年か前にも、似たような地震があの辺であったと聞きます。丁度その頃ではないですか? オルテガ殿が亡くなったという情報が入ったのは」 「どういうこと?」  3人はよくわかっていない。 「ゾーマは少なくともこの世界にはいない筈。だとしたら、他の世界が存在することになります。その出入り口の様なものが、あの辺にあるのかも知れません。とすれば、そこに、バラモスが居を構えたのも納得いきます。それに、世界中を旅して、それも、目的が同じなのに、オルテガ殿がどこで亡くなったかわからない、というのも、少し変な気がします。もしかすると、例えばですが、異世界のようなところにいる可能性もなくはありません。アリアハンの兵士が一度、ネクロゴンドの入口まで行ったそうですが、そこで兵士が一人行方不明になっています。そう、地震によって出来た穴に落ちたそうですね……」  ユウは、一気にここまで言うと、3人の顔を順に見た。そして、最後にともみの顔をもう一度見た。 「……行くよ。ぼくは……もちろん」  ともみは言った。 「あたしだって行くよ!」  ゆめかが叫ぶ。  セイレンは返事をしなかった。 「……セイレンはどうするの?」  ともみはきいた。 「少し疲れた。休みたい」 「ちょっとっ、休みたいって、一体、どういうことなのっ」  ゆめかがセイレンの襟首をつかまえる。「あたしたちを見捨てる気? いえ、この世界を見捨てる気なの?!」 「……これ以上の仕事は、俺には荷が勝ち過ぎている。それだけのことだ」  セイレンは、ぱっとゆめかの手をはねのけた。いつもと変わらない表情の裏に何があるのか、3人には全くわからなかった。  呆然とする3人を残してセイレンはともみの家を去った。誰も追わなかった。いや、追えなかっただけかも知れない。  また、沈黙が戻った。  一体どうしていいのか、全く見当がつかなかった。ただ、黙っているより仕方なかった。  ともみは、立ち上がると、本棚から1冊の本を抜き取った。古く、ほこりのついた本だ。それをぺらぺらとめくると、まん中辺りのページを開いて2人に見せた。一枚の紙が、そのページにには貼られていた。手紙だ。17年前の今日の日付が見える。 「……これは?」   とにかく今は、魔王を倒すことが先だ   しかし、もし、ここに二度と帰って来れなかったら……   でも、俺がやらなかったら誰がやる?   俺の勇気で世界が平和になるのに、なぜ力を惜しもうか。   …… 「ぼく達ががやらなかったら、一体誰がこの世界に平和をもたらすか、考えたことある? ただ、手をこまねいているだけじゃ絶対にダメなんだ。そうと決まったら、さっさと行こう。セイレンのことは仕方ない。行きたくないという人を無理に連れて行く必要はない。ルイーダのところへ行って、人選してもらおう」  ともみは言った。恐かった。本当に、残ってくれた2人も新たなる敵と、共に戦ってくれるかどうか。自分には魔王を倒すこと以外に、父親を探すという目的があった。しかし、2人にはそれ以外の目的はない。  ともみは2人を見た。  ともみの言葉に2人はうなずいた。   旅の終わりは旅の始まり……  ユウは古人の詠んだ詩の一節を、口づさんだ  外はもう暗くなり始めていた。ルイーダの店には明りが灯され、賑わっている。  中に入って、ともみはルイーダに今日城で起こった出来事を話した。ルイーダは黙ってそれを聞いていた。 「誰か、一緒に行ってくれる人はいないだろうか?」 「そうねぇ……」  腕組みして、ルイーダは考えていた。「どんな人がいいかしら。セイレンが抜けたなら、魔法使いがいいかしら」 「長期戦になると思います。それを考えたら、体力のある人のほうがいいと思いますが」  ユウが言った。 「そうね……で、ともみはどうなの?」 「ぼくも、そう思う」 「だったら、彼女がいいわ」 「……女の子? ユウの立場は?」  ゆめかが笑って言う。「女3人、男1人……ま、ハーレムでいいか」 「……私は、あなたがたを『女の子』と思ったことは、全くありませんよ。だいたい、どうやったら、『女の子』になるのですか?」  ユウは言い返す。たまったものじゃない、こんな、いわゆる「バカ力」を「女の子」となんて思いたくないのは、どんな男だって共通していることだろう。 「そうね。あんたみたいな、私たちが1回ずつ殴ったら昇天しちゃいそうな奴なんて、男だと思ったことないわよ」 「悪いけど、今のはゆめかの勝ちね」  ルイーダは大笑いした。「少しは、相手に『勝つ』方法も覚えたら。呪文の覚えは早いのだから」 「そんなこといいから、その、彼女を呼んでよ」  ともみは少しイライラしているようだ。 「はいはい、わかったわ。ちょっと待ってて」  ルイーダは、2階へ人をやって、その彼女を呼んだ。  少しして、彼女が1階に降りてきた。  目付きのきつい女だ。20歳前後か。格好からして、戦士や魔法使いではないようだ。軽い装束で、体のあちこちを限界まで露出し、そして、様々な装飾品で体を飾っている。しかし、その肉付きは、ただ者ではないことをうかがわせた。細い足にも、しっかりと筋肉が付いている。武器は持っていない。 「紹介するわ……」 「いいわ、自分でする」  女はルイーダが紹介しようとしたのを遮って、自己紹介を始めた。 「私の名前は、レン。レン・クレール。呼び方なんてなんでもいいわ。バカセイレンの代わりに一緒に行くわ。そうね、得意なことと言ったら、盗みかな。気分いいわよ。バカ共のサイフをちょろまかしたり、そうね、男の心を奪うのも楽しいわ」  クスと笑うと、細くて長い手がユウの首にのびた。「今夜、どうかしら? 仲間入りの印に」 「悪いけど、私はそういうものに興味がないんでね、お断わりします」 「まぁ、なんて素直じゃないお方。ますます欲しいわ」 「レンってば、困らせるのはおやめなさい」  ルイーダは苦笑している。いつものことだ。この店に来る男共全員を誘惑している。ただし、気に入らなかったら、金を脅し取ってポイである。 「あら、失礼。ついつい、いつものくせが。そんな訳で、よろしく」  ともみは少々心配になった。しかし、ルイーダが推すのだから、実力はあるのだろう。  3人は順番に、レンと握手を交わした。  その晩は、4人で軽くルイーダの店で酒を飲んだ。  女3人は、先に宿屋へ行って休んだ。ユウはルイーダの店に残ってルイーダと話をしていた。一人、パーティを去ったセイレンのことが気がかりだった。 「ルイーダさん、もし、セイレンがここに帰って来ることがあったら、言ってくれませんか。まだ、あなたの力が必要だって。私がこんなこと言う立場にあるとは思いません。でも、ともみもゆめかも同じように感じているはずです」 「それは、レンに力がないということ? あなた達とパーティを組んで旅をする力が」 「そういう意味じゃありません。レンはあの性格さえ除けば、力は十分にあると思っています。しかし、彼女は呪文を知りません。いざとなった時、一番重要なのは、自分自身を自分自身で守るということです。そんなことより、もっと気がかりなことがあります」 「何?」 「……今は言えません。私も、それが事実かどうかわかっていないので」 「そう。無理に言う必要はないわ。わかったら、教えていただけるかしら」 「……ええ。しかし、私はそのことがもし事実だったら、他のメンバーに言えるかどうか……」 「ところで、あなたは何故旅を続けるの? こんなにも危険な旅を」  ルイーダは話題を変えた。 「……寂しいからでしょう。身寄りもなく、恋人もいないから」 「恋人なら作ろうと思えばできるじゃない」 「そういうルイーダさんも独り者じゃないですか」 「私が恋人を作ったら、この店は閉店よ。誰がこのゴロツキの店をしきれるの? みんな、なんやかんや言っても、やっぱりね、帰って来るところが欲しいのよ。私だって、みんなが帰って来ると何だか嬉しいわ。まるで、恋人を待っているみたいで」 「だから、恋人を作らないのですか?」 「その言葉、そっくり返してあげるわ。そんな物なくてもね、生きていけるのよ。そうでしょ。実際、あなたも私もこうして生きているじゃない。もしかして、22歳になって、まだ、誰も愛したことがないとか」 「……そうかも知れませんね」 「あまり考え込まない方がいいわ。あなたは、考え込むと答えが出るまで気がすまなさそうだから」 「ご明察です」 「みんな寂しいのよ。寂しさを紛らわすために何かする。レンがいい例だわ。あの子は精神的に満たすために、盗みを働いたり、男に体を売ったりする。だけどね、盗みはモンスターや盗賊とかからしかしないわ。善良な市民に手を出したことはないはずよ」 「……とにかく、身寄りがないことは、皆共通していますよね」 「そうね。だから、何を気にすることもなく旅が出来るのかもしれないわね」  ルイーダは、遠くを見るような目をした。ルイーダも、旅に憧れた時期があった。そして、実際短いながら、「旅」をしたことがある。だから、この酒場に来る旅人達の気持ちも少しはわかる。様々な人から学んだ知識もある。その人を見れば、だいたいを把握することが出来た。  セイレンが抜けたのには、多分ユウの言動がからんでいたのだろう。どちらかというと軽いノリのセイレンには、ユウの考え方がわからなかったに違いない。綿密に計算つくされた戦略はユウでないとつくれないし、その戦略がなかったら、バラモスを倒すにいたらなかっただろう。ユウより年上のセイレンには、それがつまらなかったはずだ。そして、ユウには、それがつらい程よくわかっていた。ルイーダは話を聞いた時に、それをすぐに感じ取ったが、何も言わなかった。ともみとゆめかは絶対に気付いていないからだ。 「……ユウ、今日はここでお休みなさい。明日から、また、過酷な旅が始まるのでしょう。」  ルイーダはユウの方をぽんと叩くと、彼のために1階のフロアのソファに布団を運んでやった。「いつでもここに来ていいのよ。ここは、旅人のための酒場。一人で悩んでも答えがでない時もあることを忘れないで」 「ありがとう」 「私は2階を見て来るわ。最近、いついている奴も多くてね。困っちゃうわ、本当に」  苦笑しながら、ルイーダは2階に上がっていた。しかし、その顔は困っているというより、むしろ嬉しそうだった。  一番鶏が鳴いて、ともみはにわかに目を覚ました。ゆめかとレンはまだ寝ている。宿屋に戻っても、レンの体験談に夢中になって結局遅くまで起きていた。自分たちの知らない「男と女」の話に、思春期の二人は胸をわくわくさせていた。レンの恋愛談が全てとは思わないが、旅とは別の「わくわく」がある。しばし、旅のことは忘れた。しかし、今起きた時点で、元の世界に戻らなければならない。  ともみは、ユウのために取っておいた隣の部屋を見に行ったが、ユウはいなかった。  ゆめかとレンを起こそうかと思ったが、その前にユウを迎えに行くことにした。ルイーダの店にいることはすぐに察しがつく。他に泊まれる場所はないからだ。野宿をするならば別だが。  久しぶりのアリアハンでの朝。太陽がまぶしく感じた。まだ冷たい空気の中を歩く。人々がそろそろ起きる時間だ。メインストリートにはまだ人はまばらだ。髪はぼさぼさのまま普段着で歩いていたので、誰もともみだと気付かないようだ。  ルイーダの店の扉には鍵はかかっていない。そっと扉を開けた。  その音に気付いたのか、ルイーダがカウンターから出てきた。 「いらっしゃい。ユウを迎えにきたのね」 「うん」 「そこのソファで寝てるわよ。起こしてこようか?」 「うん、お願い。どうも、そういうのは苦手だから」  ともみは扉のところでルイーダがユウを起こして来るのを待った。  もっとも、ルイーダが起こしに行くまでもなかった。ユウはすでに目を覚まして、いや、寝ていなかったのかる知れないが、出発準備をすでに整えて、いつでも宿屋に行けるようにしていた。ただ、まだ3人が寝ているだろうと思って、ソファで本を読んでいた。  ルイーダに呼ばれて、ユウは本を閉じた。 「ユウ、また会える日まで」 「ルイーダさん、ありがとう。あなたのおかげで、だいぶ楽になった気がします」 「それはよかったわ」 「それでは」  ユウはルイーダの手を取ると、その甲にキスをして、そこを去った。  扉の所では、ともみが待っていた。 「申し訳ない。宿賃を無駄にしてしまって」 「いいよ、たったの1ゴールド」 「しかも、わざわざ勇者どのみずからのお出迎え」 「散歩のついで。それに、ゆめかとレンはまだ寝ているからね」 「それなら、もう少し遅くてもよかったのではないですか」 「暇だから」  宿屋に戻っても、二人はまだ寝ていた。ともみは二人をたたき起こした。  4人は、食堂で朝ご飯を食べた。アリアハンの名物が並んでいる。  眠かったからか、誰も話をせずに朝ご飯を胃袋に放り込んでいた。  ラーミアがクーと鳴いた。出発の合図だ。  ここからネクロゴンドまでは、ラーミアに乗って行っても半日はかかる。 新しく入ったレンも、新たな敵がいたことのショックからまだ完全には立ち直っていなかった。  気持ちを切り換えようとすればする程、えとも言われぬ気持ちに襲われる。さっさとアリアハンを出たのは正解だったかも知れない。  ラーミアに乗ると、いつもはしゃいでいたともみとゆめかもおとなしい。 しかし、4人にもう後ろはなかった。戻れないのだ。そのゾーマとかいう奴を倒して、世界に本当の平和をもたらさなければならないのだ。だから、なおさらだった。ぎりぎりの力で倒したバラモスは、ゾーマの手下の一人でしかない。今のままで倒せるとは思わない。  不安だらけだ。  だけど、やるしかない。彼らに残された道は他にない。  ネクロゴンドは、まだ霧につつまれたままだ。いつになったら、この霧は晴れるのだろう。  いつぞ、最後のオーブを見つけたほこらまで来た。そこには、底の見えない穴ができあがっていた。 「これか……」  ともみはしゃがみこんで、穴をのぞいた。ただ、そこには暗黒だけがある。「……行くの?」  ゆめかが言う。 「行くしかないでしょ」  と、レン。 「行くよ……」  ともみは胸の前で十字を切ると、さっと穴に飛び込んだ。  3人も、後に続いた。  高速で落下しているように感じたが、実際は、高速で落下していたのは途中までで、その後は、まるで何かふわっとしたものに乗っているような感じだった。  いったい、この穴の終わりには何があるのだろう。4人のうち、それを知っているものはいない。噂には聞いたことがある。我々と同じ「人間」の住む、別の世界があると。しかし、それを立証できたものは誰もいない。  気付くと、4人は大地に倒れていた。傷みは感じない。怪我はないようだ。  水の音がする。波の音だ。  一番はじめに、ゆめかが起き上がった。  遠くから、人の声がする。  ゆめかは、あわてて3人をゆり起こした。 「……ここが、別の世界……?」  夜なのか、暗い。  人の声が近付いてきた。 「ねぇ、上の世界から来たの?」  少年の声だった。 「上の世界?」 「うん、みんなそう呼んでるよ。ここは、アレフガルドっていうんだよ」 「……アレフガルド、か」 「もしかして、勇者様達なの?」  少年は、4人をのぞき込むようにして見る。「だって、このアレフガルドにわざわざ上の世界から来るような人は、勇者様達みたいに、ゾーマを追ってきている人だけだって、父さんが言うから。何年か前にも、上の世界から来た人がいたよ」 「えっ?! それは、どんな人だった?!」  ともみは、すかさず聞いた。 「がっしりした体格の……名前は……」 「オルテガとか、言わなかった?」 「……ごめん、覚えてないよ」  ともみはがっかりした。もしかしたら、と思ったが、人違いかも知れない。「ここから、ラダトームの城までは船を使わないと行けないよ。よかったら、ここにある船を使ってって、父さんが。返さなくていいから、だって」 「いいのかい?」 「父さんがいいって言うから」 「じゃ、お礼を言わないと。君の父さんはどこにいるんだい」 「こっちだよ」  4人は、少年の後をついて行った。少し行くと、小屋があり、そこに少年の父親がいた。  少年の父親は、4人を見ると、深々と礼をした。「勇者様たちですね。アレフガルドにようこそいらっしゃいました。船は、ご自由にお使い下さい。なんせ、船がないと、移動に不便でしてね」 「ありがとうございます。有難く使わせて頂きます」  ともみも礼をした。 「我々は、勇者様がきっとゾーマを倒してくれると信じています。どうか、このアレフガルドに光をもたらして下さい」 「当然です。私たちはその為に来たのですから」 「では、お気を付けて」 「また、会う日まで」  4人は、船に乗り込んだ。少年と少年の父親が、見えなくなるまで手を振っていてくれた。  ラダトームへ着くと、まず、城へ挨拶に行った。アレフガルドは、ここ、ラダトームの王が治めている。  王は、4人を見ると大変喜んだ。が、少し暗い顔をした。 「話は聞いているかも知れないが、オルテガは確かにここで療養をして出て行った。しかし、その足取りが全くわからないのだ。我らもオルテガのことを心配しておる。一体、どこでどうしているのか」  ともみは「オルテガ」の名を聞いて少し安心した。この世界のどこかで生きているかもしれない。  謁見が終わると、4人は、城で人々に話を聞いて回った。昔から、アレフガルドに伝わる武器があるらしいが、ゾーマが奪って隠してしまったらしい。王者の剣に至っては、3日3晩かかって破壊したそうだ。それがあれば、ゾーマを倒すことができるだろうということだった。  また、ゾーマの城のある島へ渡るには、「虹の橋」をかけて渡るしかないということ。その橋をかけるには虹のしずくが必要で、「太陽の石」と「雨雲の杖」があれば、それを手に入れることができるということだった。  うわさを頼りに、それらを集めて回った。封印されていた聖霊ルビスも助けだした。  かなりの時間を要したか。とにかく、早くゾーマを倒さないといけない。  明日は、「虹のしずく」を得に行くことになっていた。ともみとゆめかはさっさと寝てしまったが、その一方でレンが古代言語で書かれた本をどこぞから盗んで来ていて、それを読んでいた。ユウはユウで、宿屋ではいつも一人部屋だったので、飽きもせずに今日も本をめくっていた。  レンは、少しは古代言語を読むことが出来たが、完全ではなかったので、ユウの部屋へ聞きに行った。 「やめて下さいよ。また……」  ユウはちょっと嫌な顔をした。 「そんなことじゃないの。ちょっと、ここを読んでくれる?」  レンは、一文を指さした。 「あなたでも、このようなものを読むのですね」 「失礼ね。このくらいできなかったら、魔法なんて使えるようにならないわ」 「魔法使いでも、目指すおつもりですか?」 「そうよ。で、これはなんて訳せばいいの?」 「ちょっと待って下さい」  ユウは、小さい古代言語の辞書をもって来ると、それを繰った。 「これは、仮定法ですよ。ここまでが節で……えっと、だから、『もし、この地に邪悪な気がなくなった時』、いや、『なくなる時』となって……ん?」 「ちよっと、わかんないとか言うんじゃないでしょうね」 「待って下さい。これは、何の本ですか?」 「知らないわ。昨日、ちょろまかして来たものだから」  それにしては、ページが進んでいると思ったが、ユウは言わなかった。  前書きにさっと目を通す。そして、後書きを見た。 「……これは、アレフガルドの歴史の本のようです。でも、地名や人名は別のものに置き換えられています。地図を書くと、アレフガルドになりますよ」  ユウは、手元にあった紙に、前書きにあった説明を図にしてみせた。「『妖精の地図』と全く同じでしょう」 「本当だわ。で、なんて訳すのよ。続き」 「『世界は元通りとなった。つまり、世界への唯一の扉は閉じられ、アレフガルドはまた、明るさを取り戻したのだ』」 「唯一の扉?」 「どこかに、書いてあると思いますが……あ、ありました」  ユウは、別のページを開いて、レンに示した。 「えっと、『邪悪な気は、ひずみを生んだ』」 「『そのひずみとは、つまり、別世界への扉である』。今の状態のことでしょう」 「なるほど」 「なるほど、じゃないですよ。これが一体何を意味するかわかっているのですか?」 「何を意味するって?」  ユウは答えなかったかわりに、別の数冊の本を持ってきて、レンに渡した。それらの本には、数カ所にふせんが挟んであった。レンはそのページを開けた。  それも、別の言語で書かれていたが、レンは容易に意味を取ることが出来た。 「……これって、ゾーマを倒したら……何で、もっと早く言ってくれなかったのよっ!」  レンはユウの胸ぐらをつかんだ。 「……ゆめかには言ってもいいような気がしました。しかし、家族のあるともみに、どう言ったらいいと思いますか? 身寄りのない私たちは、ここで一生を終えても全く構わないでしょう。しかし、ともみは、生きながらにして家族と一生離ればなれになってしまうのです。このまま行ったら……」 「言わない方が鬼じゃない!」 「アレフガルドに来る前から、薄々わかっていました。しかし、ゾーマは倒さなければいけないのです。どうすればいいのか、全然わかりませんでした。今も答えは出ていません。勇者抜きでゾーマを倒せれば、一番いいのですが、やはり頼らないと無理だと思うのです」 「……どうすればいいの……」  レンは、無造作にユウを離すと、ベッドに座り込んだ。「私も、ともみを家族と離ればなれにするのは反対。アリアハンにお母様一人になってしまうのは、心が痛むわ」 「やはり、私たちだけで……」 「一度、アリアハンへ帰ってみない? 半年以上戻っていない気がするわ。何か、いい案が浮かぶかもしれないし」 「それはいいかもしれません。明日、『虹のしずく』」を入手できたら、ぜひ、帰りましょう」 「その前に……」 「はい?」 「どうして、いつもそうつれないの?」  レンの手が、ユウの頬をなでる。 「お願いですから、それだけは勘弁して下さい。用が済んだら、さっさと部屋に戻って下さい」 「やだ、まだ済んでいないわよ」 「私の言葉がいけなかったようです。今すぐ戻って下さい」 「つまらないわね。絶対、ものにしてみせるわ。そんなにかわいい顔してるのに、もったいないわね」  レンは、苦笑いしながら部屋を去って行った。ユウは、ほっと胸をなでおろした。  レンが、一度アリアハンへ帰ることを提案すると、ともみとゆめかはすぐ賛成したので、「虹のしずく」を手にいれると、ルーラでアレフガルドを一度後にした。  アリアハンは、旅に出る前に比べたら、少しは栄えた感じがする。活気が出てきたとでもいうのだろうか。  その日は、ともみの家に泊まってもよかったが、ともみにも積もる話があるだろう、ということで、他の3人は宿屋で休むことにした。  ゆめかとレンは、夕食を済ますと、二人で風呂につかることにした。マイラ程ではないが、アリアハンでも少しは温泉が出るそうで、疲れをとるにはもってこいである。 「……レンって、胸大きいね……」 「ゆめかちゃんだって、そのうち、大きくなるわよ」 「いいなぁ……」  他に誰もいない広い浴室。声がよく響く。 「ところで、ゆめかちゃん、あなたのご両親って、昔に亡くなったのよね」 「え?」  レンの突然の質問に、ゆめかは驚いた。「そりゃ、もう、いないよ」 「ご兄弟は?」 「知らない。父さんに女がいたから、いるかも知れない」 「そう……」  ともみやユウの話だと、ゆめかは9才で家を飛び出し、丁稚のようなことをしながら修行に励んだらしい。その後、一家は魔物にやられた。  ユウに言われて、レンも悩んでいた。ゾーマを倒すことで平和は来るだろう。しかし、その影で、ともみだけが家族と離ればなれになる。二度と会えなくなる。どうして、彼女だけが犠牲にならなければならない? どちらかと言うと、レンは、ともみをアリアハンに残すことを考えていた。多分、ともみに言ったら反対するだろう。世間体とか、そういうことではなく、自分自身のこととして反対するだろう。半ばにしてやめることを嫌うのは、明確だった。 「……ゆめかちゃん、もう二度と、アリアハンの土を踏めなくてもいい?」 「いいよ」  すぐにはっきりした答えが返ってきたことに、レンは驚きの表情を隠せなかった。「いいって……」 「知ってるよ。ゾーマを倒したら、アレフガルドは閉じられてしまうんでしょ」 「知ってたの?」 「……話してるの、聞いちゃったの。本当は、別のこと期待してたんだけど」  ゆめかは、ちょっと照れた。 「どう思う」 「私は、ともみと一緒に行きたい」 「そう……」  この返事は予測できた。ゆめかの唯一の友達といっても差し支えないくらい、ゆめかとともみは仲がよかった。 「レンやユウはどう思ってるの」 「まだ、考え中だわ」 「本当に、行き来ができなくなるの?」 「伝説・伝承・言伝え・歴史。様々な情報を集めてみたけど、どれも、同じことだったわ。ともみは知っているの?」 「どうだろう。寝てたと思う……」  ゆめかは言うと、風呂からあがった。「寝ていたと思いたい、かも知れない」 「私も、もうあがるわ。これ以上つかっていたら、のぼせてしまうわ」  レンも、ゆめかの後に続いた。ゆめかは、まじまじとレンの華奢な体を眺めた。出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。今までに、こんなスタイルのいい人を見たことがあっただろうか。ふと、ゆめかの目は、手首に釘付けになった。そこには、生々しい「切傷」が幾つもあったからだ。いつもは、ブレスレットで覆われているところだ。今まで、何度も一緒に風呂につかったのに、気付かなかったのだろうか。それとも、最近の物なのか。 「ゆめかちゃん、後で、お化粧してみない? もう17才なんだから」 「あ、うん」  不意に言われて、少々戸惑ってしまったゆめか。 「どうかした? 私の顔に何か付いてる?」 「とんでもないっ。あまりにもスレンダーなカラダしてるから、つい見とれちゃった」 「ゆめかも、誰もが見とれちゃうような、カワイイ女の子になれるわよ」 「本当!?」 「もちろんよ。さ、早く体を拭いて」  レンは、バスタオルを両手に持つと、ゆめかの体をそれでくるんだ。  二人とも、髪が長いので、髪を乾かすのにかなりの時間がかかってしまう。ゆめかは、普段は、適当に拭いて半乾きのまま寝てしまうのが常だったが、今日は、髪を拭くのにちょっと気合いが入っている。そして、久しぶりにドライヤーなるものを使った。レンは、なれた手付きで、髪を乾かす。レンが、髪をアップにして結ぶ頃に、ゆめかはやっと髪を乾かした。 「そのままでいいわ。後は、部屋でやっだける」 「ありがとう、レン」  着替えなどをまとめると、二人は2階の部屋へ上がって行った。部屋に入ると、レンは、化粧道具を鏡台の前に並べた。  その頃、ユウはルイーダの店に行って、セイレンの行方を探していた。話によると、昨日はいたとのことである。荷物が置いたままなので、戻って来るだろうと考え、ルイーダの店で待っていた。  ともみ達と旅に出たときから、すでに1年半以上の年月が経っている。バラモスを倒すまで、思っていたより早かった。オルテガが17年経っても叶わなかった夢を、たった1年半で成し遂げることが出来た。1人ではどうにもならないことも、2人、3人と人数が増えれば、早く解決することもある。  夜遅く、セイレンはルイーダの店に戻ってきた。かなりの酒を飲んだのであろう。ものすごく酔っぱらっていた。顔は真っ赤だ。  セイレンは、ユウの顔を見るなり、そっぽを向いて2階に行こうとした。 「待って下さい」  ユウは、セイレンに近寄ると、腕を引いた。 「邪魔だっ」  セイレンは、その手を力任せにないだ。ユウは、その力に思わずふっ飛ばされた。 「セイレン……」 「邪魔だって言ってるのに、言うことを聞かない方がいけないんだ」  セイレンは、そのまま2階に上がって行ってしまった。  ユウは、頬に傷みを感じた。手で触ってみると、血がべっとりと付いていた。どこかにぶつけたのだろう。ホイミを唱えれば、こんな傷はすぐに治ってしまうだろうが、それをせず、セイレンの後を追って2階に上がった。  2階では、まだ、数人の男達が酒をあおっていた。セイレンは、隅でひとりで杯を傾けていた。 「いつの間に、転職したのです?」  ユウは、セイレンの隣に腰掛けた。 「いつだっていいだろ」 「回復呪文も、少々覚えたようですね」 「お前は、俺の酒をまずくしに来たのか?」 「いえ、明日から、一緒にアレフガルドに行ってもらうために来たのです」 「ほぅ、アレフガルドか。レンが音をあげたか」 「違います。ともみをアリアハンに置いて行きます」  瞬間、セイレンの表情が変わったように見えた。だが、ほんの一瞬だった。「勇者なしで、ゾーマを倒そうっていうんかい。面白いこと考えるな」 「冗談ではありません。ともみは、アリアハンに残した方がいいんです」 「自信過剰め。ついに、狂ったか」  セイレンは杯を置いて笑った。「自惚れるのもいい加減にしろ」 「ご存じなんでしょう。ゾーマを倒したら、アリアハンには戻れなくなることを」 「いや、知らないな」 「そんなことはありません。申し訳ありませんが、荷物にあった本を見させて頂きました。あの10冊もの本はなんですか」 「ただの戦利品だ」 「そうとは思えませんね。あなたが古代言語の本を読めないはずはありませんからね。すっかりお読みになったのでしょう。それに、アレフガルドにも足を運びましたね」 「だったら何だ」 「どうして、パーティを離れたのです?」 「そんなこと、俺の勝手だ」 「アリアハンに未練があったからでしょう」 「未練なんてないさ」 「だったら、どうして」 「言っただろう。俺には荷が勝ちすぎていると。もう、あっち行ってくれ」 「いやです。『うん』と言ってもらうまで、ここにいます」 「勝手にしろ」  セイレンは、手を挙げて、2杯目を注文した。ユウも、ソフトドリンクを注文した。  ゆめかが鏡台の前にすわると、レンは櫛でゆめかの髪をすいてやった。手入れをしていないという割にはキレイな髪をしている。 「アップにしてみようか」 「うん」 「じっと、鏡を見ているのよ」 「うん!」  ゆめかは楽しそうだ。  レンは髪を持ち上げると、高い位置で押さえまとめて行く。 「アップにすると、ちょっと大人っぽくなるわ。二つに分けて止めるとちょっと子供っぽくなるわね。髪型ひとつで大人になったり子供になったり、色々できるのよ」 「ふ〜ん」  髪を結わくと、レンは化粧道具を取り出した。 「ゆめかちゃん、今日は二十歳くらいになってみようか」  ゆめかの顔にクリームを塗りたくる。「まず、下地になるクリームを塗るのよ。肌があれないようにするの。それから、色をつけていくの」  次はパタパタと粉をはたく。少し焼けた顔が白くなって行く。ゆめかは、変わって行く自分をじっと見つめている。 「これだけでも、かなり違うでしょ」 「……別人みたい」 「美人になるのはここからよ」  今度は青い粉をまぶたにうすく塗っていく。まゆを書き足す。頬を赤くする……。化粧が足されるごとに、ゆめかは少しずつ大人になっていく。 「体だけだったら、いつでも大人になれるわ。そして、こころが後からついていくの……」  ゆめかの唇に、ピンク色の口紅がさされた。「心も美人にならないといけないの。いくらみかけが美人でも、それでは本当の美人とはいえないからね」  ゆめかは、鏡を見なおした。 「……これ、本当に私なの?」 「そうよ」 「なんか、違う人になったみたい」  不思議そうな顔をするゆめか。 「もう少し変えてみようか。おっきなリボンつけて、髪はわきを少したらしてみようか、カールかけたらもっといいかしら」 「うん、もっと色々やってみて!!」 「今日はしてあげるけど、今度からは自分でできるようにしなくちゃ」 「なぁんだ、面倒だなぁ」 「こら」  レンはゆめかの頭をつついた。  少し調整して、ゆめかのお化粧は完成した。 「どう?」 「ステキ!! ともみにもしてあげたいね」 「こうやってドレスアップして、男どもを惑わしてあげるのよ」  レンは笑った。 「それは、レンだけでしょ」 「なに言ってるの、ゆめかもそのうちするようになるわよ」 「しないも〜ん」 「しなくたって、男が勝手によってきて『君はなんてすてきなんだ。今夜はずっと一緒にいよう』なぁんて言ってね、」  レンはゆめかの顔に自分の顔を近づけた。「で、唇を奪うわよ。こんな風に」 「きゃっ……」  ゆめかが止めようとするにもかかわらず、レンは自分の唇をゆめかのそれに合わせた。眼を閉じてゆっくりと。そして、細い手がゆめかを抱きしめた。  それはほんの数秒のことだった。しかし、ゆめかには何十分ものことのように思えた。「……じゃ、ちょっと外行って試してみようか」 「……だから、しないって」 「私はしたいから行くわ」  レンは言うと、さっさと化粧を始めた。ゆめかは座ると、黙ってレンの手さばきを見ていた。  みるみるうちに、今まで見たことのないレンがそこに現れてくる。もっともっと色っぽいレンがそこにいる。  レンは化粧がすむと、使った道具をかたずけもせずに部屋を出ようとしたが、立ち止まってゆめかの方を向いた。 「……行くわよ。死ぬときくらい、自分が一番美しいと思う格好をしなくちゃ」 「え……」  ゆめかは、レンが言おうとしていることが理解できなかった。 「行き先なんて、ひとつしかないじゃない」  ルイーダの店も、人がまばらになってきた。  薄暗いテーブルに男がふたり、喋り始める様子もない。  ほかの客も、静かにグラスを傾けている。  燭台の灯も、燃え尽きようとしている。  店の扉が開く。客の目線が扉にそそがれた。  誰もが知っている男ったらしのレンと、いつもと違って色気のあるゆめか。しかし、二人ともただ色っぽいだけではなかった。どことなく哀愁すら感じる。  そのレンやゆめかの姿に、一番驚いていたのはセイレンだった。セイレンは自分の目を疑っていた。  レンは、セイレンの方へ近づくと、手を上げた。  容赦ない。 「弱虫毛虫、踏まれて死んじまえ」  レンは言った。 「何!?」  セイレンは立ち上がった。「言いたいことばっか言いやがって!!」 「言いたいこと言わなくてどうするの?ねぇ?」 「少しはその口、静かにした方がいいんじゃねぇか!」 「あら、気が立ってるわね。何か気に食わないことでもあったのかしら」 「うるせぇ!!」  セイレンは、グラスをテーブルにたたきつけた。 「セイレン、あんた、そんなに死ぬのが怖いの? だったらずっとここにいな!! ……って、あんたも下手ねぇ。こんなやつにはきっぱり言ってやったらいいのよ」  レンはユウの方をちらりと見た。「時間がないの、わかってる?」 「それはわかってますよ。しかし……」 「行こう、今行かないと士気が落ちる」 「うん、早く行こう……」  後ろから、ゆめかが小さい声で言った。「もう、それしかないんだから、ね。私達ができることならやろうよ」  ゆめかは、3人ににこと微笑みかけた。すべてを吹っ切ったような清々しい笑みで。 「……見ないうちにすっかり成長したな、ゆめか……」  セイレンはゆめかの頭に手を置いた。 「……ゆめか、あなたが決心しているのに、私達が行かないわけには行きません。セイレン、もちろんあなたも一緒ですよ」 「……ああ」  言うと、セイレンは、右手を差し出した。ユウはその手を固く握りしめた。  ユウは、古代語の言葉を唱えた。いつも聞いている、あの長距離移動呪文を……。  体がふわりと浮いた。  あいかわらす、そこは夜だった。ここ、アレフガルドに朝を迎えさせるには、方法は一つしかない。  人々の脅えきった表情。もう見飽きた。  もし、アリアハンに戻れないとしても、これで人々の笑顔が見れるならそれはまた喜ばしいことだろう。  未練がないわけではない。  ただ、身寄りがなく天涯孤独であるだけだ。  どうせ、たいした知り合いもいない、ただ一人を除いて。  準備の最終チェック。武器・防具に不具合がないか調べる。そして、光の玉。  リムルダールから、魔王の城まではかなりの距離がある。たどり着く前にやられてしまっては意味がない。気を引き締める。  ゆめかが先頭を行くことになった。ひかりのドレスを着たゆめかは、武器さえもたなければ、どこかのお姫様のようであった。  次に、セイレンとレン。そして、殿を引き受けたのはユウだった。  戦闘では、前の3人が主に打撃を、ユウが呪文系を受け持つことになった。  薄暗い光の中を進んでいく。  はぐれメタルが足元をかすめる。  モンスターに見つからぬよう、静かに進む。  刹那、ダースリカントが現れた。  3匹だ。  一人1匹で、ユウが護衛に入る。  ゆめかの攻撃。あいかわらず速い。ダースリカントの首から鮮血が飛び散る。  セイレンは、はやぶさの剣を装備していた。剣自体がとても軽いので、振った剣を返してもう一度攻撃することが可能だ。セイレンの1振り目が敵の腹に直撃し、そのまま後ろに倒れ込んだところを追い討ちしてしとめた。一方レンも、はやぶさの剣を装備している。が、少々てこずっている。そこをユウがメラミで援護した。 「さんきゅ」 「どういたしまして。これからまだ先長いですから、無理はしないように」 「言われなくってもわかってるわよ」  敵は思ったより強かった。闇の力を受けてさらに強大な力を発揮しているのであろう。町の人々の多くが武器と防具を持っていたのもうなずける。これでは町と町との行き来もままならぬだろう。  リムルダールから北西に進むと大きな城が見える。あれがゾーマの城だ。  闇夜にうっすらと浮かび上がって見える。  「虹のしずく」を取り出して、岬のてっぺんからそれをかざした。  どこからともなくなないろの光が降り注ぎ、島へ虹の橋がかかった。橋はなないろに輝いている。4人はその上を1歩ずつゆっくりと歩いて行った。  島にいるモンスターは、今まで出会ったことのないくらい強かった。もしかしたらバラモスと同程度かもしれない。何度も深い傷を負った。その度に回復呪文で傷を癒さねばならなかった。  体力は限界に近づきつつあった。しかし、誰も引き返そうとはしなかった。今引き返せば、この4人で来た意味がなくなる。覚悟はできていた。もう二度とアリアハンの土は踏めないだろう。そして、ともみにも会うことはないだろう、と。  ゾーマの城は4人の前に大きくそびえ立っていた。 「やっと、たどりついたんだね……」  ゆめかは息を切らしながら、言葉を選ぶように言った。 「ついに来たんだな」  セイレンがつぶやいた。  ゆめかが大きな城門に手をかけた。ぎぎと不気味な音を立ててそれは簡単に開いた。少しできた隙間から4人は中へ入った。  本当の戦いはこれからだ。  さらに強いモンスターたちが待ち受けてるに違いない。  しかし、それとは反対に、体力は明らかに削られていた。武器や盾を握っているのがつらい。  セイレンは、包帯で自分の手にはやぶさの剣をくくりつけた。レンやユウもそれに倣った。  もう気力だけが頼りだった。  気力だけでも、なんとかなるものだ。4人は思った。がむしゃらに戦った。  と、どこからか、剣戟の響きがした。  時を同じくして、このゾーマの城に乗り込んだ者がいるのか?刹那、4人は音がするほうに駆け出していた。  そこでは、一人の男がキングヒドラと戦っていた。男は戦士風で、年はもう40近いであろうか。  しかし、男は今にも倒れそうであった。ユウが前に飛び出て、その男に対して回復呪文を唱えようとした。 「やめろ!」  ユウを見て男が叫んだ。「こいつは私が倒す!先を急ぐのだ!」 「しかしっ!」 「ここで余計な体力を使うのはよせ!」  男はまた叫んだ。  その瞬間だった。キングヒドラが口から吐き出す炎が男を襲った。男は回復呪文を唱えようとしたが、残りわずかな体力がそれを許さなかった。男はひざを落とした。両手を地について、大きく何度も呼吸した。しかし、体が力を失ない、倒れた。 「あぁ!あれはもしや!」  セイレンは叫ぶや、男の側に駆け寄った。そして男を抱き上げた。「……オルテガ様……?」  3人は絶句した。死んだと思われていた男が、いまここにいる。17年前に、魔王を倒すために旅に出た男が、こうして、後少しで目的を果たそうとしていた。しかし。 「……わしにはもうなにも見えぬ……そして、聞こえぬ……」  男はセイレンの手を握った。「わしの名は、オルテガ……。わしには一人娘がいる。もし、彼女に会うことがあれば……」  苦しそうだった。しかし、オルテガは最後の力を振り絞って言った。「……約束を果たせなかった、父を許しておくれと……伝えて……」 「オルテガ様っ!しっかりして下さい!」  ユウは急いで呪文を唱える準備をした。全身の神経を集中させる。しかし、その集中を遮るものがあった。オルテガの手だった。そして、オルテガは息絶えた。 「オルテガ様!」  4人は次々に叫んだ。ユウがオルテガの胸に耳をあてた。ユウは首を振った。  ゆめかの頬を涙がつたった。「……どうして……」 「これも運命のいたずらなの……?」  レンがつぶやいた。 「……ともみを連れてきた方がよかったのでしょうか」  とユウ。 「そんなことはない」  セイレンは否定した。「間違ってたとは思わない。先を急ごう。この死を無駄にするのか?」 「……そうですね」  ユウは、オルテガの体をそこに横たえた。「ゾーマを倒したら、必ず……」  4人は胸の前で十字を切った。  もう心身ともにぼろぼろだった。  目の前には、玉座に座ったゾーマがいた。  それぞれがそれぞれの目をみた。それぞれが力強くうなずいた。  ゾーマの存在感が4人を威圧する。  レンは額の汗をぬぐった。  セイレンは盾を捨てて、両手で剣を握った。  ゆめかは武器についた血をぬぐい、攻撃の構えをした。  ユウは全員に防御力と攻撃力上昇魔法をかけた。  鼓動が早まる。得物を握る手が汗ばむ。  肩で息をした。早まる鼓動を押さえようとした。しかし、血はものすごい速さで全身をかけめぐる。  目の前が何度も暗くなりそうになった。  後ろには死しかなかった。生きるか死ぬか。選択肢はそれしかない。生きたければ、目の前の敵を倒すしかない。  だが、誰も逃げることなど考えていなかった。  無我夢中だった。なんども切りつけ、怪我を回復させ、魔法を発した。作戦なんかなにもなかった。わからない敵に対して、作戦など必要なかったし、自分の役割くらいみんなわかっている。  何度もゾーマの口から吐かれる炎をくらい、魔法をくらい、そして、自分たちにかけた補助呪文をかき消された。  疲れて傷ついているはずなのに、ゆめかはゾーマの急所を正確に何度もえぐった。神経が高ぶっている分、集中が途切れることがなかった。  セイレンとレンも、少しずつではあるが、ゾーマの体力を奪っていた。ユウはひたすら3人のサポートに徹した。  どれだけの時間がかかっただろうか。全身に返り血を浴びて修羅のようになっていたゆめかが、ゾーマにとどめを刺した。  断末魔の叫びがこだまする。 「……やった」  ゆめかが小さな声でつぶやいた。その顔はまるで鬼のようであった。しかし、少しずついつもの表情に戻った。そして、地面に座り込んだ。「これで、終わったんだ、ね」 「そうだな」  セイレンは、ゆめかの頭に手を置いた。「これでやっと……」  言いたいこと、言うべきころはたくさんあった。しかし、それを言葉にして口にするだけの体力も気力も、もう残っていなかった。  地面が揺れた。 「あぁ……」  息を切らしながらユウが宙を見上げた。「世界が……」  4人には、この地震がなにを意味するのか一瞬で理解できた。しかし、声にはならなかった。  セイレンが、「ルーラ」を唱えた。  ラダトームに戻ると、アレフガルドに朝が来たことで、みなが喜んでいた。アレフガルドに笑顔が戻った。  しかし、4人が謁見の間で信じられないものを見た。  そこにはともみが立っていたのだ。  4人は固まった。動けなかった。ともみは何も言わずに、4人を見た。その表情はただ、なぜ、とだけ問い掛けていた。  しばらくして、セイレンがともみと他の3人を別の部屋へ移るように手で合図した。  そこでも、5人は黙ったままだった。 「ともみ」  始めに口を開いたのはレンだった。「……お母様を一人にしておいていいの?」 「ともみをアリアハンに残しておくようにと言ったのは私です」  ユウが言った。 「ともみと一緒にいたかった。だけど、ゾーマを倒したら二度とアリアハンの土を踏めなくなる。一生別れることになると思った。だけど、ともみにはお母様やおじい様がいる。それに、オルテガ様の行方もわかっていなかった。私もともみはアリアハンにいるほうがいいと思った」  ゆめかが言った。 「……ここにいる全員が迷った。それだけは確かだ」  セイレンが言った。 「どうして……どうして教えてくれなかったの?!」  ともみが叫んだ。「どうして相談してくれなかったの?私はそんなに頼りない存在だったの?どうして!」  ともみは泣き崩れた。 「そんなことでともみが悩むことないじゃない!」 「どうして旅してきた仲間と別れないといけないの!」 「こうするのがともみにとって一番幸せだと思ったからよ!」 「違う!勝手に決めないで!」 「それは悪かった。だけど……もう何を言っても言い訳にしかならないな……」 「どうして!私はみんなと一緒にいたいのに!みんなのこと仲間だと思ってたのに!それなのに置いていくなんて……」 「ともみが頼りないとかそういうことじゃない。ともみ以外はもう身寄りもなにもない。だから、その話を聞いてもそんなに未練はなかった」 「ともみ。お母様をこれ以上悲しませたくなかったの。愛する夫、そして娘までも無くしたら……」 「もういいっ!」  ともみは部屋を飛び出した。すかさずゆめかが後を追った。「ともみ!」  しかし、廊下はすでに人でいっぱいで、ゆめかはすぐにともみを捕まえることができた。 「離してよ!」 「離さない!」  ゆめかは、ともみを城の裏手に出ているテラスまで引きずった。そして、ともみを抱きしめた。 「……ともみ、ごめんね……」 「……ゆめか」 「もう一人にはしない。絶対にしない。いつまでも仲間だよ。もし、離れ離れになっていても」 「ぼく……」  ともみは何か言おうとした。しかし、涙があふれてうまく言葉にできなかった。 「いいよ、泣いて。わかってる。言いたいことはわかってる……ごめんね。私たちもそこまで考えが及ばなかった。先走ってしまった。それは謝る」 「……ゆめか、ぼくもごめんなさい。みんなはぼくのためを思って行動してくれたのに」 「ともみ……」  ふたりはお互いをきつく抱きしめた。「ともみ。私がここまで来れたのは、ともみのお陰だと思ってるよ。いや、もう何を言っても許してもらえないかもしれないけど……」 「そんなことないよ」  ともみは涙をぬぐって笑顔を見せた。「好意は素直に受け取らなくちゃ。ね、そうでしょ」 「ともみ!」 「ありがとう」  また涙があふれ出てきた。再度ふたりは抱き合った。 「これからもずっと、一緒にいよう!もし、離れ離れになっても、ずっと」 「ずっと、心のなかにお互いいつづけよう!」 「もちろん」 「ふたりだけで何してるのよ」  レンが現われた。「私も混ぜなさいよ」 「俺たちも忘れるなよ」  レイセンとユウもひょっこり現われた。 「みんな……!」  手を取り合った。そして抱きしめ合った。 「さぁ、中庭へ行きましょう。王様や町の人々が待っていますよ」 __END__ SFC版で勇者抜きでクリアすると、ちょっとだけ変わる部分があります。 それを見て、思いついたネタです。 もう、5年くらい放置していました。やっと終わりました。 だけど、書こうとしていたものは覚えていたので、思ったとおりにほぼ書けたと思います。 べたべただけどもね。 ちなみに、原稿用紙約80枚分くらいあるようです。